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H27 85人→H28、42人 会員数はさらに半減 #頑張れ日本 #カンパれ日本 #チャンネル桜 #チャンネル削除 #水島総


 頑張れ日本の平成28年度分の政治資金収支報告書。11月30日分で公開されるかと油断していたら、11月9日にはもう出ていました。

平成28年度 頑張れ日本全国行動委員会 政治資金収支報告書


収支報告表紙

 平成28年度の分を平成30年3月26日に提出。本来こちらの提出期限は平成29年の3月31日です。一年遅れての提出。中見をご覧になられればわかると思いますが、対して複雑な会計ではありませんし、収入もほぼ寄付金です。締め切りを過ぎて1年もかけて調整しなければならないほど何をしているのでしょうかね。皆様から預かった大切なお金をぞんざいに集計しているわけではあるまいに、良くこれでよその政治団体のお金に口出しするものだと思います。皆様から預かったお金といえば、映画『南京の真実』で集めたお金はどうなっているのでしょうね?平成29年の間に「第4部」「第5部」「第2部」を完成して公開するという話でしたが...

南京の真実 公開予定

 
 そして、会員数。平成27年度の85人からまた半減して42人ですか…


28頑張れ収支報告

頑張れ会員数推移エクセル

 いよいよこちらのまとめ記事を書いた人のグラフが現実味を帯びてきているようなw
 
~チャンネル桜に消された名言達~まとめ

頑張れ日本会員数まとめ

 しかしながらも、平成29年には会員数が激増しているかもしれません!なぜなら去年このようなやり取りが信者の方たちとの間であったからです。

会員数は85人ではなく7600人?!次回作は『南京の真実 第四部』ではなく『会費の真実』?! #ch桜 #頑張れ日本

 ここにあげているのとは別のコメントに「倉山塾の連中が嘘を広めている!悔しい!今まで正規の会員になってなかったけど入会する!」等の書き込みがありました。さぞかし増えているのではないかと( ̄▽ ̄)

 と久しぶりにリンク先のコメント欄を覗いてみると、スクショに取っていたコメントの他、頑張れ日本の会員数に関するコメントがごっそり消えてる...いやあさすがはチャンネル削除w

 さすがに都合が悪かったんですね。メルマガ会員数を頑張れ日本の会員数だと強弁し、会費は地方支部で集めているという嘘をついて、それをすぐに私にばらされてしまったのですからw

会員数は85人ではなく7600人?! ついに明らかになる会費の真実!! #ch桜 #頑張れ日本

 さてさて、平成29年度の報告を見るのが楽しみだなあ。まともに期限内に提出していたら11月30日には公開されてるものなんですけどねw

 なにしろ最近の水島社長は亡国移民法案絶対反対の抗議行動で国会を封鎖する!と言っています。もしかしたら会員数10万人超え?!

 しかしながらリメンバー60年安保ですか。どこの極左集団かと。国会を封鎖するほど人が集まって安保改正って阻止できたんでしたっけ?┐(´д`)┌ヤレヤレ

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テーマ : 保守主義
ジャンル : 政治・経済

江崎道朗 『 コミンテルンの謀略と日本の敗戦 』 感想


 祝!!江崎道朗先生、第一回アパ日本再興大賞受賞!!(ノ゚ー゚)ノ☆パチパチ☆ヾ(゚ー゚ヾ)

公益財団法人アパ日本再興財団主催 第一回アパ日本再興大賞受賞者発表 江崎道朗氏の「日本は誰と戦ったのか コミンテルンの秘密工作を追及するアメリカ」が受賞!

 というわけで?遅ればせながら、1年以上前に発売された著作ですが、『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』の感想です。いろいろ読んで書き留めてはなかなか書けない悪循環に。。ゴニョゴニョ。えーと気を取り直して。
 

 こちらは涙を流しながら読む本です。涙にはいろんな涙があります。悲しさや切なさ故に溢れ出す涙。感動とともに流す温かな涙。登場人物の理不尽な境遇に共感しながら流す怒りの涙。この本を読んだ時と同じような感覚になったのは堀栄三『大本営参謀の情報戦記』倉山満先生の『帝国憲法物語』でしょうか(どちらも感想を書いていますので、宜しければお読みください_(._.)_ 堀栄三 大本営参謀の情報戦記 感想 倉山満 「帝国憲法物語」感想)。前著は情報を軽視し、そして本当に大切な情報を握りつぶすようなことをした人がいたために、日本がいかに愚かな戦いをしたのかを思い知らされました。先の大戦の評価は様々です。ある人は「アジア解放のための聖戦だ」と言います。ある人は「勝てるはずのないアメリカと戦った日本はすごい国だったのだ」と。私は国のため、残された人のために戦って死んだ人は本当に偉かったと思いますし、感謝しています。しかしながら、戦死よりも餓死が多いという作戦も何もないやり方をしたこと。このような戦争をしてしまった人への怒りや反省もないままにこの戦いを美化すべきでは無いと思います。
 そして、『帝国憲法物語』。日本を列強に飲み込まれない強い国にするために奮闘した先人達。その思いの結晶が「大日本帝国憲法」でした。しかし我々は敗戦でその憲法を奪われてしまいました。このことへの反省や痛み無くして改憲論議をして何の意味があるのでしょうか。憲法に「自衛隊」を書き込んだら、戦地に充分な物資は送られるのでしょうか。自衛隊に予算をつけるなど憲法改正をせずとも出来るはずです。自衛隊に名誉を与えることも。なぜそれをせずに改憲なのでしょうか。

 本書はコミンテルンや彼らの歴史についても語られています。しかしながら日本が彼らの謀略に嵌められたからあの戦争をし、負けたという話ではありません。実際に起こったことは「日本の自滅」でした。ならば昔の日本人は愚かだったのでしょうか?

 日本は昔から識字率も高く、民間での教育も盛んでした。明治維新は薩長の志士たちを中心として行われましたが、薩摩藩は「郷中教育」といって地域の子供たちが互いに学問や武道、道徳も教え合う習慣があり、西郷隆盛と大久保利通も、そんな中で幼い頃から研鑽した仲間でした。長州の志士たちも「適塾」「松下村塾」で日本の将来を我が事と考え学んで来た人達が中心でした。その彼らが築き上げた明治以降の日本はどこからおかしくなったのでしょうか。江崎先生は、日本が列強に飲み込まれないように必死に学ぶエリートたちは、その使命感故に、西洋を学ぶことを、日本の伝統を否定することと誤解してしまった、そこから「エリートの日本」「庶民の日本」が分断されてしまうという悲劇が起こったといいます。そして当時の日本はイギリスよりも多くをフランスやドイツから学んでおり、流行していた政治思想が、「進歩主義」「社会主義」だったと。

 富国強兵を目指し、近代産業国家へと突き進んでいけば、当然、労働問題や貧困問題に行き当たります。それを解決するために社会主義に傾倒していくのは仕方のない側面もあります。しかもその過程で日本は、特に大正から昭和にかけて経済政策に失敗します。そして、私も常々思うのですが、なぜかいわゆる保守と呼ばれる人たちは、社会保障政策に対して疎いし冷たい。明治23年の第一回帝国議会で、第一号法律案として「窮民救助法案」が提出されました。しかしながら「なぜ一部の困窮者を助けるために国民の税金を使うのか」との批判が多数を占め、衆議院はこの法案を否決してしまいました。このような状態では心ある若者がますます社会主義に傾倒してしまうことも頷けてしまいます。

 このような状況で「エリート」は大正時代以降、主に三つのグループに細分化していたと江崎先生は語ります。

 第一が社会主義にのめり込んだ「左翼全体主義」のグループで、彼らはソ連・コミンテルンの「秘密工作」に呼応していく。

 第二は、資本主義と議会制民主主義を批判し、内心では社会主義に共感しながらも「左翼」を弾圧した「右翼全体主義者」

 第三は、聖徳太子以来の政治的伝統を独学で学び、不完全であっても資本主義、議会制民主主義を尊重し、統制経済に反対し、コミンテルンに警戒心を抱き、皇室のもとで秩序ある自由を守ろうとした「保守自由主義者」

 このような中で政府や「右翼全体主義者」のやり方は愚かでした。彼らは社会主義に理論的に反論するのではなく、ただ取り締まりと弾圧で臨みました。結局彼らのやったことは、困窮者を思い、それを解決するために社会主義を学んでいた人達を反体制側に追いやることになってしまいます。

 共産主義の脅威が高まると、政府は治安維持法(大正14年)で活動家を取り締まり、共産党は機能しなくなりましたが、そのことにより偽装転向者が軍の中枢部や革新的官僚の中に入り込むこととなりました。なぜ彼らが簡単に入り込めたのか?それは結局は「右翼全体主義者」が行った弾圧にあります。共産主義や社会主義を学ぶだけで非難されるような言論空間になれば、当然、敵のことを知るためにそれを学ぶということも困難になります。それでは結局、敵の手口を知ることも出来ず、術中にはまってしまっても当然です。その結果どうなったのでしょうか。

 社会主義を批判しているにも関わらず、「右翼全体主義者」達は彼らの術中にはまったかのように統制経済を進め、憲法が制定されたときは、立憲君主国を目指していたはずなのに、美濃部達吉の「天皇機関説」は徹底的に批判され、弾圧されました。天皇親政を叫んで起こされた二・二・六事件ですが、あの精神的支柱とされた北一輝の『日本改造法案大綱』といい、現代の我々から見たら共産主義革命と何が違うのかさっぱりわからないものです。

 そしてさらに悲惨なのが、政府や「右翼全体主義者」たちが、「左翼全体主義者」のみならず「保守自由主義者」をも弾圧したことです。東条英機に関してはあの理不尽な東京裁判のせいで処刑された彼に同情する人も多い。しかしながら、彼が開戦したにも関わらず、どのように終戦に持ち込むかのプランもなく、それに関して発言した人達を弾圧し、拘束し、そして死地に配置転換したことも事実なのです。

 本書を読むことでなぜそのような状況になってしまったのかを垣間見ることができます。しかしながら、江崎先生は言います。この本は過去を反省するためや、一部の人達を断罪するためのものではなく、賢く、強い日本を築いていくためのものだと。

 私は、以前に2冊の江崎先生の本の感想を書きました。

江崎道朗 『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』 感想

江崎道朗 『マスコミが報じないトランプ台頭の秘密』感想

 このブログでメインで取り上げている倉山満先生の著作にも通ずることですが、単なる歴史や評論のための本ではありません。その事象が「どうだったか」、あるいはそれを検証して「どうなるか」を予測するのではなく「どうするか」を考えるための本なのです。

 この本で大変興味深かったのが、「保守自由主義者」とされた人達。小田村寅二郎を中心とする学生グループの「日本学生協会」とその卒業生たちによる民間シンクタンクの「精神科学研究所」の関係者たちです。なぜ彼らがこのような言論状況にあっても日本が陥りつつあった危機を的確に見て取ることが出来たのかです。それは彼らが積み重ねてきた思想的鍛錬にあると江崎先生は言います。改めて学ぶことの大切さについて感じます。

 現在の我々はこの戦前の言論状況を「愚かだった」と一笑に付すことが出来るのでしょうか。それどころか、所謂「保守」と呼ばれる愛国者たちが、まるであの戦争を「聖戦」であったかのように語ることに戦慄を感じます。そして、なぜか多くの保守と言われる人が、自由主義経済を「新自由主義」などとレッテル貼りし、民間を軽視し、「規制緩和」との言葉を発しただけで発狂して、大きな政府と統制経済を叫ぶのです。保守というのは定義するのが難しい概念です。もともとは定義する必要がなく、「革新」に対するものとして生まれたものだからでしょう。いつから日本人は「大きな政府」や「統制経済」を「保守」だと勘違いしてしまったのでしょうか。日本の歴史は戦前のほんの70数年前からの一時代ではないはずなのに。

 「コミンテルン」に関する研究や本も未だに少ない我が国の状況。「保守自由主義者」小田村寅二郎に関しても、初めて知るかたも多いのではないでしょうか。これからの国の行く末を考えるための必読の書です。読み始めたら止まらなくなること間違いなし!お薦めです!!



 



テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

自己責任論と人でなしのはざまで #チャンネル桜 #水島総 #安田純平 #セカンドレイプ

 
 シリアで拘束され、3年4カ月ぶりに開放された安田純平氏のことが連日話題になっています。ネットでは自己責任論や彼に関するデマを含めた様々な情報が流されています。

 私の考えとしては、この御自身の会見の言葉が全てではないかと思っています。

「紛争地に行く以上は自己責任」 安田純平さんが会見 2018年11月2日13時21分

 「紛争地に行く以上は自己責任。自分自身に起こることは自業自得だと思っている」、「(日本政府の対応について)本人がどういう人であるのかで行政の対応が変わると、民主主義社会にとって重大なことだと思います」

 この会見を踏まえた上で、極言というか言いたい放題言っている人がいます。今回はまず、書き起こしを読んで頂きたいと思います(赤字強調は筆者)。


【直言極言】安田氏生還はテロリスクを増大させる似非ジャーナリズムの姿[桜H30/11/2]


 皆さん、こんばんは。直言極言の時間です。え~今日はですね、え~まああのシリアで釈放された。安田純平さんと、えー自称ジャーナリストが、え、記者会見を行いました。その中でいろんなことを、の、事実を明らかにえーしましたが 、え、この問題について、えーお話したいと思います。

 まず、結論的に言えば、もう二度と、日本政府は、えー、渡航禁止区域で、えー、勝手に行った、えージャーナリストだろうと誰だろうと、え、救う必要はないと。いうことを、まあはっきりと明言したいと思うわけであります。えー、安田さんはとりあえずですね、お詫びと感謝ということで、えー日本政府に対して、あるいは関係者の皆さんに、初めて、この記者会見で「お詫びを申し上げます。そして、感謝を申し上げます」と、ま、こういうことを、えー話されました。まああのーそれはそれで、あの結構な話でございますが、えー、この問題と今、彼が取った行動、えーについてはやっぱりはっきりとわけなければいけないと思います。えー、当人もこの中でですね、えー「自己責任については、えー、じ、紛争地に入って行った以上、何かあった場合は自業自、自得とえー考えている」とした上で「日本政府には出来る限りの努力を続けてもらった」、と、ま、いうことであります。そして、話の内容をだいたい聞きますと、これはまあ本当にその通り言ってるのかわかりませんけれども、少なくとも金が払われるかもわからない言ったときは待遇が良かったが、え、その後は非常に悪くなったと、まあそういう言い方を、まあしてるわけであります。

 えー、まあ釈放されたということはどういうことかといえば、えー、結局、ま、あのカタールの政府の、え、関係者が言ってるように、お金が数億円払われたと、まいうことだと思います。う、ということでこの、ぴんぴんした元気なお顔で帰ってきたわけです。髭も、なかなか顔色も良く帰ってきて、この記者会見に臨んだわけであります。あのー別に帰ってきたことが、まあのー私はいいとも悪いとも言いません。良かったね、とも言いたくありません。少なくとも、こういう形で起こったことは、えーかつて何十年前ですか、私も若い頃、あのー、日本赤軍、こういう赤軍がハイジャックをして、そして、犯罪者を、刑務所にいた犯罪者とか、仲間をえーお金を、付けて、釈放されたと、命は地球より重いという福田赳夫という愚かな首相の言葉によってこれが行なわれた、そしてその後、え、テロ事件がこの連中によって起こされた。このことを考えたということは、安田さんが釈放されたということは、ああ、やっぱり日本政府は金が払われ 、払うんだなと、テロリストたちにこれを伝えたことになります。

 私は、今、彼が言ったことはその通りだと思います。自分で紛争地にあえて入った以上、そして渡航禁止区域に入った以上、何かあった場合は自業自得だと考えている。これがジャーナリストの態度であります。そうなった場合は日本政府がこれ助けたわけでありますが、それは日本政府としてはやるんですけれども、本当はもうやらなくてもいい、自業自得だと、いうことでありますから、えー、本当にこの地域の、えー大事なことは、えー、彼が殺害されても、あの、例えば、ビデオに出てきたとき、「私はこういう身でありますが、自業自得でありますから、殺害されても仕方がありません。もし私が殺され、今、これから殺されるとしたら、こういう連中が、テロリストの本質であります」と、世界中に知らせて、えージャーナリストとしての役割、テロリストの残虐な本性を示す。え、こういうことをすべきだと私は考えます。

 それともう一つ今言ったように彼がお金によって救われたことで、また、テロ事件が起きる可能性が十分ある、むしろテロ事件を拉致とか、テロ事件を彼は帰ることによって、命を長らえ、お金を政府に払ってもらって、そして日本に帰ることによって、ああまた日本人を拉致すれば、拘束すれば、お金が払われるという、再びこういった事件を起こす。動機をテロリストたちに与えてしまった、ということであります。テロに対しては断固たる姿勢を示さなければならない。各国のえーそういうテロ対策はそういうものであります。私はあの不可抗力というかですね、普通のところで拉致されたり、いろんなところで、えーまあさらわれたり、こういうことに対しては日本政府は徹底的に邦人保護すべきであります。しかし、行ってはいけない、行っては危険だからと、あえて行った。そしてジャーナリストとして行った以上、自業自得だと考えるのは当たり前であります。だったら助けてくださいなんて言ってはいけない。このことをどこも言いませんから、あえて言います。残酷な言い方でありますが、殺されることこそ、ジャーナリストのこのテロリストたちの残虐な本性、こういうものを伝える最も大事な報道だったのではないか。こういう覚悟を持って行った以上、それをやるべきだったと今日はあえて言いたいと思うわけであります。

 人の命というものは大変大事なものであります。しかし、その命を懸けて、死ぬかもわからないという覚悟で行った以上は、がたがたいうんじゃないと。甘んじて受けて国に迷惑をかけない、こういう国民に迷惑をかけない。数億円の身代金は国税から出るものであります。民主主義社会というものは自己責任、責任と義務がある社会であります。こういったものをただ、恩恵を受けるだけの、国家というか国の政府やそういう国民が、彼のためにサービスをする機関ではない。このことをあえて今日は強く言いたいわけであります。私は、大変あの個人的には、ぬけぬけ出てきてこういうことを言っている人物を見て、大変腹が立ちました。きつい言い方になるかもわかりませんけれども、人の命というものの大事さ。拉致被害者が、数十年かかって何百人も北朝鮮から帰れない、こういう人達を考えた時、なんという甘い、甘ったれた、人間だろうと改めて、あれ憤りを感じたわけであります。こういう人間は政府は救う必要はない。彼のジャーナリストとしての本質は、自分が死ぬことによってそういう地域が危険であること、理不尽に殺されること、これを知らせる、これこそ彼の役目であったと、私はあえて、今日は言いたいと思うわけであります。皆さんはどうお考えでしょうか。これはいろんな意味で、その数億円の税金のお金の額だけではなく、人の命というもの、自分の命を懸けて、様々なことをやる、それをうまくいかないから助けてくれということでは一体ジャーナリストとしてまあもっと言えばジャーナリストというものが、そういうものであっていいのか、国家権力や国家、そういうものから独立してるからこそ、ジャーナリストといえるんじゃないのかと。これ以上あのーまあ言いたくありませんけど、今日の記者会見を見て思ったのは、えー、これから一生をかけて、彼は自分の収入のほとんどを国民に還元して、返していく、講演会も本も、全て印税も、国民に返還していく、国家に返却していく。こういう姿勢をとってもらいたいと思います。そして、残念なことにまだ白紙だと言っていますが、まだジャーナリストを続けるんでしょうか。こんな覚悟のない、国に迷惑をかけても、いっぺんただ頭を下げて謝る。腹を切るわけでもない。こういう人間が再び紛争地域に行ってまた私は韓国人のウマルです、助けてください。こんなことを言うかと思うと、誠に拉致被害者のことを考えれば、腹が立つ、ことであります。罪のない人々が多く北朝鮮によって拉致されました、何億円もかけてやるなら我々は政府に言いたいと思います。一人何憶でもいい、拉致被害者全部返させたらどうだ、こういうことを当然考える、何十年も拘束されてきた、そういう人々のことをもう一回皆さんにも思い出していただきたいと思います。人の命というものは誰でも彼でも無条件に大事なものではありません。命よりも大事なものがある、それが彼のいうジャーナリストの取材精神ではなかったのか、と思うわけであります。えー、是非、安田氏はそういう人生をこれから送っていただきたいと考えるわけであります。今日は以上です。


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 これを読んで「その通り!」と思った方はかなり危ないですので、ご注意ください。所謂保守界隈でこのような意見が多数出ていてうんざりしています。

 突っ込みどころが多くてどこから言及すべきか悩むところですが、水島社長の言いたいことを簡単にまとめると日本は主権国家であることを捨てろということでしょうか?

 主権国家とは何か?「主権」というのは難しい概念ですが、倉山満先生の『国際法で読み解く世界史の真実』(PHP新書/2016)での説明を参考にしたいと思います。



P76より引用

 「主権」とは、国民や領土を統治する国家の統治権のことです。簡単にいってしまえば、どこの国でも主権国家として成立するということは、その国の国民(人民)や居留している外国人も含めて、全員から自力救済の権利を取り上げることができるということです。

(中略)

 とにもかくにも、人を殺すことをはじめ、他人の自由を侵害する者を、政府が取り締まり、罰する。しかも当事者どうしの私的な制裁を許さない。そのようなことができたときに主権国家が成立します。国民個々が自力救済をするのではなく、政府が行なう能力を治安維持能力といいます。
 治安維持能力と表裏一体のものが、条約遵守能力です。外国との約束を果たせる力のことです。たとえ政府と名前のつく組織があったとしても、条約遵守能力が機能していない場合は、国際法の対象となるべき国家としては認められません。

引用終わり

 主権国家とはそこに住む人から自力救済能力を取り上げる代わりに、自由を侵害するものを政府が取り締まって罰する。そして他国に関しては自国民の命を担保するよう要請します(パスポートに明記)。それでも犯罪に巻き込まれた時、まともな国であれば必至に犯人を見つけ出し誠意を見せます。そのようなまともな国ばかりではありませんが、自国民の権利が侵害された時に泣き寝入りしてはいけません。そのことを大英帝国のパーマストンを例に挙げて倉山先生はこのように説明します。

P78より引用

 パーマストンは日本でいえば幕末、薩英戦争のときの首相です。たったひとりのイギリス人が島津の殿様の大名行列の前で無礼を働き、切り捨て御免で殺されました。結果、インドから七隻の艦隊が薩摩に押し寄せ、鹿児島は火の海になりました。
 経済合理性からは愚かなことかもしれません。コストが合わなさすぎです。
 しかし、たった一人の国民の権利を守るために総力を挙げるのが主権国家である、との原則は経済的なコストよりもはるかに重いのです。

引用終わり。


 安田氏が殺されたとして、ご自身が「自己責任」「自業自得」というのは勝手です。しかしながら、政府は自国民が外国で理不尽な目に遭わされた時にそれを救済する義務があります。それはその人が観光客であろうが、ジャーナリストであろうが関係ないはずです。そして何より、誰を助け、見捨てるかの区別を水島社長は何の権利があって行なっているのでしょうか。

 今回どのような手段を政府がとって安田氏が解放されたのか、定かではありません。しかしながら、どのような方法であろうと自国民を救うべく行動するのは当たり前のことです。これに関して後半での水島社長は全く矛盾したことを言っています。拉致被害者をお金を使ってでも取り返せと。このことをダメだという保守の人たちがいますが、私はこの点に関しては賛成です。お金で取り返そうが、武力で取り返そうが被害者や家族の方たちにとってはどうでもいいことです。無辜の国民が拉致され、何十年も放置しているなど主権国家ではないと言われても仕方のないことです。なぜこのような事態になっているのかと言えば、日本に武力という裏付けがなく、そのような国のいうことなど誰も聞かないからという本質的なことはあります。それを利用して「憲法9条があるから拉致被害者を取り返せない。だから憲法改正すべきだ」などと改正論議に利用する人たちがいますが、そんな悠長なことを言っている時間はなく、しかも嘘をついてまで拉致被害者を憲法改正に利用するなと思います。

 話がそれてしまいました。水島社長は今回安田氏が生きて帰ったことでテロリストたちの言い分を認めてしまった、拉致すれば金がもらえると示したと言いますが、それならばなぜ拉致被害者を金で取り返せというのか。前半の言い分を認めるのならば、拉致被害者を金で取り返すことは、またさらにテロや拉致を助長することになるから絶対にやめろと言わなければならないはずです。そうでないのなら、拉致された安田氏をとりかえしたように、何をしてでも拉致被害者を取り返せというべきだと思います。

 次に取り上げたいのは水島社長の不思議なジャーナリスト観です。捕まったら殺されてテロリストというのはこのようなものだと知らせるのがジャーナリスト?意味がわかりません。

 憶測になってしまいますが、もしテロリストが金目当てで安田氏を拉致したとして、撮影で彼が命乞いをせず、殺せと言ったらそれをテロリストは公開するのでしょうか?殺害場面や死体の写真がしばしば公開されることがありますが、それはそうした方がテロリストたちの目的に叶っている時ですよね。金目当てで拉致して、被害者が目的に沿う行動をせず、身代金も支払われなかった場合どうなるか?長期間拘束するほどコストもかかるので、ひっそり殺されて闇に葬り去られるのではないでしょうか。

 そもそも殺されてテロリストの実態を知らせろというのは暴論です。チャンネル桜はウイグルの活動家たちの支援もしていて、あの『南京の真実 第3部』でも中共の残虐さを知らしめると言っていますが、ではウイグルの活動家たちに「殺されて中共の残虐さを示せ」などと、そんな暴挙を勧めるのでしょうか。

 ジャーナリストにとって大切なこととは何なのか。私は戦場カメラマンの渡部陽一氏の意見に賛成です。

一番大切なのは生きて帰ること―命懸けの取材を行う戦場カメラマンの仕事術とは?

 “撮ったものは必ず持ち帰って発表する”のが何より大事、そのためには生きて帰らなけらばならない。安田氏が生きて帰れるための準備を怠ったことは反省すべき点ですが、だからと言って、捕まったのなら自己責任だから死ね、死んでテロリストの実態を知らしめろとはいくらなんでも言い過ぎでしょう。彼は生きて帰ってきた。だからこそ発言もできるし伝えられることもある。それが彼のジャーナリストとしての使命だとも言えるのですから。ましてや「腹を切る」とか、それこそ自己満足以外の何物でもありません。

 そして、自己責任とは何なのでしょうか。確かに命の保障などない場所に止められたにも関わらず、安田氏が行ったことは非難されても仕方がないかもしれません。しかしながら実はそうではない場面でも水島社長は散々被害者やその家族を責め立てるということをしています。

 先程主権国家について述べましたが、日本は無法地帯ではありません。我が国に居留している人間は自力救済の権利を取り上げられているとも言えます。それなのに被害者をことさら非難するのはいかがなものでしょうか。こちらの動画は長いので書き起こしは問題部分だけを抜粋しています(赤字強調は著者)。

注)酷いセカンドレイプ発言の連続ですので、気を付けてお読みください。

【討論】新春女性討論 平成30年・これからの女性像[桜H30/1/6]


1:07:38~
Saya:例えば、あの沖縄で米兵にあの女子高生が乱暴されたりとか、あのそういう事件があったとき、だいたい基地問題、イデオロギーと結びつけて、歩いてた女子高生が悪いんだとか、そういう危険な地区を歩いてた方が悪いんだっていうような、あの議論になりがちなところかなり目撃してるので、あのそうするとそんなとこ歩いてるのは売春婦だとか、明け方立ってるのは売春婦だっていうような形で、

水島:それ私が言ったんだよ

Saya:えっ?

水島:私が女子高校生が朝の3時半とか4時に売春婦が立ってる場所をさまよい歩いて、一人でいるということは。派手な格好してね。それで、車の米兵に誘われて乗っかって、それで乱暴されたって事件なんですよ。普通ね、昼間とかあれだったらあれだけど、3時から4時、午前ですよ。ね、普段売春婦が立ってる場所に、女子高校生がなぜ一人でいるんだと。ということは、それもちゃんと言わなきゃいけない。

1:08:43~
Saya:もちろんそう、事実は伝えるべきだと思うんですけど、そのどういう状況でそういうことになったかってことは情報として伝えることあると思うんだけど、基本的には日本人女性が、ま、傷つく場面に出くわしたというその事実もあるわけじゃないですか、しかも

水島:危険なとこに4時ごろ出かける女性というのはなんだろうとね。そういうリスクを冒して行ってるわけでしょ、多分この子は。

Saya:じゃあ何されてもいいのかっていうこととは違う。

水島:乱暴しちゃいけないかもわかんないけど、その原因はまあ確認できてないけど、誘ったら乗ってきたんで売春婦だと思ったと、いう言い方してたね。

Saya:ま、左の人は基地廃絶運動に利用するし、右の人は、いや、あのそっち歩いてた方が悪いんだって言って、あの、そういう左翼の人達に反抗するためにその女性に対する思いをはせることをしてないのか、見せないのかわからない。

水島:いやいや女性ということは、まあこれ出たから一応やるけど、例えばイラクで危険だからってどうなるかわからない、つってるのに勝手に危険なことを行ったところで捕まって殺された、ね?それは勿論殺されちゃいけないことだよね。ジャーナリストがね、むやみにね、

Saya:イラクじゃないじゃないですか、日本じゃないですか。沖縄じゃないですか

1:10:11~
水島:だから日本の沖縄の売春地区よ。売春がたって春をひさいでる人達が立ってた場所に朝の3時、4時、そこに行くこと自体がね。やっぱりその子の行動にも、大きな責任がある。昼間のね、2時とか3時4時とかやられたなら私はそれは問題だと思うよ。でもそんな時間に一人で、ね?そういう場所に行くこと自体が、これは親の問題でもあるし、この子自体問題でもあると思いますよ。もちろんその強姦されたってことはよくないことだけどね、あのそれを全部隠して、女子高校生が、ぼう、乱暴されたと米兵にね。というようなことはやっぱりこれは沖縄の、問題でもあったと思います。そこは、そこがちゃんと、いや、その、わけないと、レイプするってことが良いことかどうかっていうと、いけない、だけど、わざわざそういうところに朝、3時、4時、行く女の子はどうなんだろうと。それも言わなきゃいけないっていうね。やってくださいみたいな感じのもんじゃない。一種の

1:12:00~
水島:まああの私がそのもし自分が親としたらその娘の、ね、それはその米兵に対しては怒るよ。だけど娘に対してはもっと怒るね。貴様、なんてとこ行ったんだとこんな時間にね。あの、そんな、そういう米兵がいるっていうのは今まであっただろうと。そんなことわかってるくせに。酔っ払いの米兵がたくさんいるとこ。わかってるのになんでそんなとこ行ったんだって私、親だったらしかりつけるよ。しかりつけるっていうか。当たり前じゃないかと、そのくらいのこと考えられないのか、15、16になって、まあ16だか、17だかわかんないけどね。という風に私はもう怒るけどね。これが普通のあれ、あのだから普通のっつ、レイプするということと、車に乗っけるていう。乗っかる。これ何だろうと思う。乗ったんだよ自分で。

1:12:55~
水島:細かいとこってだから、細かいことだけど、結局自分いいと思ってね。車に誘ったら、乗っかってきたわけでしょ、そしたら承知してくれると思っちゃうわけで。酔っ払いの米兵は

1:13:40~
水島:今言ったようにそういう場所に15をこえたくらいのね、子供がですよ。そんなことわかってるのにふらふら出かける、一体沖縄の教育どうなってるんだとかね、親はどうしてるんだと、私は本当にそれはちゃんと言わなきゃいけないと思う。やられて当たり前じゃないかというところで言わない、いう気持ちもあるけどね。わざわざ行くんだから、そんな変な酔っ払いのアメリカ兵がたくさんいた。また荒んでる時代でもあった。

1:42:23
水島:女だからって甘えんじゃないと、レイプされたなんて、わざわざレイプされるような場所行ってね。やられてピーピーいうんじゃない。っていうのがあるんだよ。だったら行くんじゃない。

1:15:15
水島:いたわることは物理的に出来るけれども、社会的に見たら一般的に見たらそういうことをね、やる、もういい歳なんだから、15を越えて、義務教育を終えてんだから、そのぐらいのこと考えなさいよと。あの、その子は本当に品行方正でね、あれだったら普通の子は行かない、3時4時そんなあの売春婦が立つような場所にね。遊びに行ったんですよ。多分、だったらピーピーいうなと、そんな場所に。

1:17:30
水島:すぐそういう子供を甘やかしてね、あんたが悪いんじゃないんだみたいなね。あの、もっとちゃんと痛み感じろよと。そういうこと良い勉強だったと思いますよ、私は。変な言い方だけど、かわいそうだけどその子は。でも、私はそういうこと言うべきだと思う。社会的にも。


 はっきり自分が親なら加害者より強姦された娘を怒ると言っていますね。被害女性は渡航禁止国へ止められてもいった人ではなく、日本国内で被害にあっています。夜に出歩いていることや服装のことを責めていますが、女性が派手な格好をして夜に出歩いたからといってレイプされても良いという理屈などどこにもありません。そして、その場所が売春婦がいる場所と水島社長は言いますが、売春婦なら強姦されても当然とでもいうつもりでしょうか。車に乗り込んだからOKだと米兵が思ったとの発言がありますが、どのような状況であろうと強姦がOKなどあり得ません。そもそも語義矛盾です。しかもレイプされたことが良い勉強だったなど言語道断です。

 この後、他の番組でも、話の発端となったsaya氏と水島社長はこの件について話しているのですが、結局は加害者擁護でしかないんですよね。

【夜桜亭日記 #64 after】水島総が視聴者の質問に答えます![桜H30/1/13]


 世界中でこのようなことが行なわれていると水島社長は言いますがだからどうしたです。レイプする人間がいるからと言って、レイプされた人が非難される謂れはどこにもないはずです。どうも戦争中などにレイプされた人はかわいそうだけど、夜の町を歩いていてレイプされる女性は自己責任とでも言いたそうです。

 しかし、生まれつきにそういう人間もいるなどという言葉もあって絶句します。こういう世の中だから言わなければいけないと水島社長は言いますが、犯罪を抑止するためになぜ加害者ではなく被害者を非難するのでしょうか。生まれつきということを水島社長は言いましたが、性犯罪というのは加害者が抑制出来ないものではなく、脳の病気で起こるものでもない、彼らは交番の前では犯罪を犯さないし、被害者も慎重に選んで行動している。性犯罪とは極めて選択された行動なのです。

「新潮45」寄稿文の危険性、専門家が指摘 痴漢とLGBTの権利をなぜ比べるのか 9/22(土) 9:10配信

 被害にあう前に注意しろというのならまだしも、被害にあってしまった女性を責め立てることで、何になるというのでしょうか。これ例えば、性被害ではなく、単純に刃物で刺されたとか殴打されたとかそういう被害だとあまり無いことですよね?被害者を執拗に責め立てるということは。このような加害者擁護、被害者批判が如何にこのような犯罪を助長し、被害者を死ぬより辛い目にあわせるということがなぜわからないのでしょうか。

 性犯罪は夜中にいかがわしい場所で行われるものだけではありません。深夜に多いことは事実ですが、場所も時間を問わず発生しています。特に年少者の場合は下校時間である13時から17時に多いようです。

性犯罪被害の実態!都内で多発する性犯罪の発生時間・場所・年齢

 加害者も見知らぬ男性だけではなく、極めて身近な人のことも多いのです。そして、他の犯罪ではあまり起こらない、加害者が擁護され、被害者が責められるという特殊な構図こそが性犯罪をより深刻に悲惨にしてきた大きな原因の一つです。

性犯罪加害者は勝ち続けてきた

 長くなりましたが、何が言いたいかというと、水島社長の”直言極言”など自分が大物だと勘違いしている人でなしのたわごとだということです。拉致された人を「自己責任だ、政府は助けなくても良い」と言い放つのも、レイプされた未成年の女性を「売春婦のいる場所に、売春婦のような恰好をしていったからだ」と責め立てるのも、全く国際法も、国際社会も、現実の犯罪の事情も知りも、調べもせず言いたいことを言い散らしているだけです。

 水島社長の言葉からよくわかります。人の命というものは誰でも彼でも無条件に大事なものではありませんと。確かに私にとって水島社長の命と大切な家族や友人の命の大事さは同列ではありませんが。それって主観ですよね?主観をべらべらとしゃべり倒す。単なるyoutuberなら放っておきますが、政治団体の代表で、番組に政治家や大物言論人を呼んだりして、それを自分の意見のごとく取り入れてしまう人のすることとしてはいただけません。

 一刻も早く、このような人物が保守の代表だと勘違いする人がいなくなりますように。このような団体に無駄に時間とお金を使う人がいなくなるよう心から祈っております。

草莽クッキー2

 



 



 

 

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倉山満 国民が知らない上皇の日本史 感想②三種の神器とは


 前回の予告通り。今回は三種の神器について語りたいと思います。


 そもそも三種の神器とはなにか。『古事記』の上つ巻にも既に記述があり、天孫降臨の際には天照大神が邇邇芸命に鏡・勾玉・剣を授け、践祚の際にはこれを受け継ぎます(剣璽等承継の儀)。

 前回のブログで「即位と践祚は違うの?」と書きましたが、簡単に説明するとこうなります。

○践祚・・・皇嗣が皇位を継承すること
○即位・・・皇位についたことを内外に宣言すること

 践祚と即位は古代から区別されていたのですが、敗戦後の改正された皇室典範で践祚という言葉が使われなくなり、現代では元々の践祚が即位、即位が即位式に変わっています。その経緯はさておき、三種の神器が、践祚の儀式に使われるというだけではなく皇室にとって大事なものであることは間違いありません。では天皇自身を守るより三種の神器を守ることが優先されることなのでしょうか。

 ここで南北朝正閏論争について少し述べたいと思います。

 建武の親政の崩壊後、後醍醐天皇とその子孫たちの南朝と京都の北朝に皇統が二つにわかれたためにどちらが正統なのかという論争が明治になっても続いていました。一応の決着がついたのが明治44年(1911年)2月4日。帝国議会で南朝が「正」、北朝が「閏」とされる決議が行われました。

 これには維新の志士たちが皆読んでいたといわれる古典『太平記』や徳川光圀が編纂した『大日本史』、『大日本史』から派生した水戸学の影響があったと思われます。後醍醐天皇に仕えた楠木正成は忠臣でヒーロー、足利は逆賊。このことは南北朝正閠論争が一応の決着をした後も、足利尊氏を褒める論文を書いたばかりに、それが元となり商工大臣だった中島久万吉が辞職に追い込まれることになるほどだったそうです。

  徳川光圀の『大日本史』に強い影響を与えたのは北畠親房の『神皇正統記』と言われています。北畠親房は後醍醐天皇に仕えた南朝側の公卿、南朝を正統として書かれています。南朝側の人間が書いたから結論が決まっているということではありませんが、実際には矛盾があります。親房は尊成親王(後鳥羽天皇)への践祚は認めているのに、光厳天皇への践祚は三種の神器がなかったことを持って正当ではないと言っているのです。寿永2(1183)年、落ちぶれた平家軍が幼少の安徳天皇を三種の神器を伴って西方に逃げたため、後白河法皇は治天の君として尊成親王(後鳥羽天皇)を践祚させます。安徳天皇と後鳥羽天皇の在位期間は被っています。この時の践祚を親房は後白河法皇による「伝国詔宣」と認めているのに、光厳天皇への践祚が後伏見天皇の「伝国詔宣」だったことは意識的に無視され、三種の神器がなかったことを理由に正統な皇位継承ではなかったとしていると『現代語訳 神皇正統記』で今谷明先生は指摘します。そして、践祚の時こそ三種の神器は光厳天皇の元にはありませんでしたが、後に揃っています。その神器は後に偽物だったから返せと後醍醐天皇は言っているのですが、では本当の神器は一体どれなのかという話です。現代では研究もすすみ、三種の神器しかなかった南朝に比べて、それ以外の儀式の実態など他のことは北朝にあったことも明らかになってきています。三種の神器は大事、しかしながら本当にそれだけで皇統の正統性が認められるものなのでしょうか。

 さて、前回の『天皇の講座』でも名前の挙がっていた三島由紀夫です。三島と石原慎太郎の対談「守るべきものの価値」ですが、改めて読んでも「刀を持っている」だの「僕だって飛び道具を持っている」だの冷静な対談だったのかという印象を受けました。

 この対談の裏話は『三島由紀夫と戦後』(中央公論社 2010年)に石原慎太郎のインタビュー『三島さん、懐かしい人』として掲載されています。三島は居合いの稽古の帰りでたまたま刀を持っていたと言っていましたが、石原氏は「嘘をつけ」と思っていて、次の日に三島の家に電話して、家政婦さんに何時に三島が家を出たかを確認したところ、対談の直前の時間に外出していたそうです。三島はわざわざ見せるために真剣を持って来ていたということになります。

  三島のこの行動が何を意味するのかわかりませんが、この頃の出来事を時系列に並べていろいろ考えることは出来ます。

 戦後の社会主義者、共産主義者はこの頃様々な事件を起こしました。そんな中、三島が自衛隊に体験入隊したのは昭和42年、楯の会を立ち上げたのが昭和43年です。この石原との対談が行われたのは昭和44年の11月、この少し前の10月21日に、三島にとって衝撃だったと思われる国際反戦デー闘争があります。これを警察が鎮圧したこと。このことで憲法が改正出来なくなったと、三島は、この約1年後に彼が割腹自殺してしまう自衛隊での演説で述べています。

 この後、三島、石原と仲の良かった村松剛も「三島が死にたがっていて心配だ」と石原氏に言っていたそうです。普通に考えても実現するはずのない自衛隊の決起。三島の胸にあったのはなんだったのでしょうか。

 さて「三島は玉体より三種の神器が大切だなんて言っていない!」という人達がいます。三島は皇統こそが守るものだと言っているのだと竹田恒泰氏は言うのですが...

【竹田恒泰】ご譲位って何するの? 一番重要なのは三種の神器の継承


 「三種の神器あってこその天皇」「三種の神器が失われたらもう天皇は終わり」って...

 昭和天皇が三種の神器をどのように守ろうとしたのかとの話が出てきますが、もちろん三種の神器は大事です。竹田氏の言い分もわからないではないのですが、平和な時代、誰も現在の陛下にとって変わろうなどと考える人がいないという前提でないと成り立たない話ではないでしょうか。では現在皇族ではない人が、力づくで三種の神器を奪ったらどうなるのでしょうか。例えそれが皇室の男系の血を受け継いでいる男性であったとしてもです。「 禁闕の変 」が起こったとき、当時の人達は、神器を奪った人が正統な天皇だと思ったでしょうか。現在は皇室典範で皇位の継承順位がはっきり定められていますので、誰かに奪われたとしてもその人が天皇になるわけではありません。しかし、それは南北朝の時代でもそうだったのではないでしょうか?はっきりした継承順位が定められていないとしても。それを果てしない思想戦の末に後の時代に南朝が「正」、北朝が「閏」とされたという話だと思います。竹田氏の本は何冊か読んで勉強していますが、この発言はあまりに危うい気がします。彼の言い分が本当なら皇室の潰し方をわざわざ公開していることになってしまいます。

 結局、竹田氏の説も三島の発言も、「南朝正統論」に立っている気がします。竹田氏はわかりませんが、このどちらを正統とするかの結論は、「天皇親政」か、そうではなく嵯峨天皇以来の「天皇不親政」をとるかの違いなのかもしれません。ちなみに大本ともいえる『神皇正統記』は必ずしも天皇親政が良いと言っているわけではないようですが。三島の場合、二・二六の青年将校に思い入れが強く、いくつもの著作、特に『英霊の聲』では所謂「人間宣言」に対して激烈とも言えるような昭和天皇批判をしています。『文化防衛論』でも三島は「西欧的立憲君主政体に固執した昭和の天皇制は、二・二六事件の「みやび」を理解する力を喪っていた」と言います。お前ごときが偉そうに三島を語るなと言われればそうなのですが、この『文化防衛論』といい、『英霊の聲』と言い、三島の見ていた天皇や皇室というものは、現実の先帝陛下や積み重ねてきた歴史ではなく「私のこうあるべき天皇」にしか思えないのです。それは二・二六の青年将校や彼らの精神的支柱となった北一輝においてもです。現在はweb上でも北一輝の『日本改造法案大綱』や磯部浅一の『獄中日記』は読むことが出来ますので一度読んでいただきたいのですが、私には『日本改造法案大綱』など天皇大権を利用した共産主義革命マニュアルとしか思えませんし、磯部の『獄中日記』も、「なんで陛下も愚民どももこの改造法案の素晴らしさに気づかないのか!!」というルサンチマンにしか見えません。彼らは天皇親政と口では言っても、本気でそれを信じているのではなく、自分たちの都合よく動く天皇を想定しているわけです。昭和天皇は望んでいなかったのに、勝手に陛下から預かった軍を動かし、総理を初めとした閣僚を襲い「さあ、姦臣どもは討ちました。どうぞ陛下、親政を」とやったのですから。少なくとも本当に彼らが実現したかったのが「天皇親政」なら昭和天皇が一貫して「すみやかに鎮圧せよ」と言っていたことを知ったその時点で降伏するか切腹するかではないでしょうか。少なくとも獄中で恨み節はあり得ないと思います。青年将校の中に純粋に国や窮乏している人達を思って行動した人がいることは否定しませんが、彼らのとった行動は愚かとしか言いようがなく、これを賛美し、昭和天皇を非難しつつ、守るべきものは「三種の神器」だと云う三島の言い分がどうしても理解出来ないところではあります。

 そもそも守るべきものが「皇統」ならまだわかりますが、なぜ「三種の神器」なのか。繰り返しますが、その時代背景としての、「南朝正統論」「南北朝正閏論争」それにつながる「天皇機関説事件」(天皇親政か不親政か)があるのだとは思います。そして問題なのはその時代背景の元、そのような考えに至った三島というよりも、三島の言葉を金科玉条にする人々ではないでしょうか。その方達が自分の学びの末に、それが三島を通じてでもそのような考えに至ったというのなら良いのですが、私がこちらのブログでもしばしば取り上げている呆守の方達。三島を取り上げて8月8日の天皇陛下のお言葉を「平成の人間宣言」などと言った人を私は厳しく批判しましたが、三島はこのような人達に己の言論を利用されることをよしとするのでしょうか。チャンネルくららで倉山先生は「生きていたらチャンネルくららに出て欲しい人No.1」と三島のことを言っていましたが、現在の彼の言葉を聞くことができたなら是非それも聞いてみたいです。

 さて、ここまで書評なのかなんなのかわからないことを長々述べて来ましたが、ここで「上皇」という存在が皇統を守るために大切なものだという話になります。

 後鳥羽天皇への践祚の正統性は後白河法王が治天の君としてそれを決めたからでした。北畠親房も認めています。これは三種の神器が皇位継承の絶対条件ではないという「先例」ですよね。この後、壇ノ浦で追い詰められて安徳天皇は入水し、草薙の剣も失われました。三種の神器がなければ皇位継承が出来ないとしてしまったら、皇室は存続していなかったのではないでしょうか。それ以前に上皇が次代の天皇を定めれば良い、という先例を作っていた。それで皇室は現在も存続している。これが何度も倉山先生が『天皇の講座』で述べている「タマタマ」ではないでしょうか。しかもこのことすらも、結果として後白河法皇が勝った側だから正統だと認められているとも言えなくはありません。保元の乱以降、所謂警察権力だけではなく「武力」という手段を使うようになってしまったために、治天の君の権威だけで法的革新が得られる時代では無くなっているわけですので。この「タマタマ」は前回も述べましたが、決して軽い意味ではなく、なんとしてでも皇室を存続させなければならないという、皇族方のそしてそれを守りたい人達の執念ともいうべき強い思いからなるものだと思います。

 ここまで書いて来たことは、前回の「私達は歴史を知らない」にも通じる話です。今まで私が語ってきたことは、ちょっと歴史に詳しければ知っている人も多い話だと思います。しかしながら、ただ歴史の年表を暗記しても意味はない、その時代や状況、その歴史を伝えた人のことを知れば違う側面も見えてきます。

 倉山先生は歴史の話をするときに、それを現在の出来事のように話をします。学問とはただ知識のみを追うのではなく、それを「追体験」することでより身につく。これは、近々こちらのブログでも取り上げる予定の、昨年、江崎道朗先生の書かれた『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』の記述でもあります。日本の敗戦が濃厚となり、政府が右翼全体主義者や左翼に牛耳られる中、それに立ち向かった保守自由主義者達。彼らがなぜそのように行動できたのか。それこそがこの「追体験の学問」によるものでした。今回、なぜ三島が守るべきものを「皇統」「玉体」と言わず「三種の神器」と言ったのか。そこまでの時代背景を追うため調べたり、読んだりしました。結論としては、やはり三島の考えは私にはわかりませんでしたが、今の時代とはまた違った危機感を三島は抱き、それに駆られて行動していたのだろうと思いました。

 小出しにすると言いながら長くなってしまいました。次回は「天皇には意思がある」あるいは「先例重視は先例主義でない、ましてや設計主義ではない」というテーマでのべたいと思います。それより先に、他の作品とか、それこそ小出しに色々書くかもしれません。では。

〈参考文献〉

日本一やさしい天皇の講座 (扶桑社新書) 新書 – 2017 倉山 満

倉山満が読み解く 太平記の時代―最強の日本人論・逞しい室町の人々 青林堂 2016 倉山満

倉山満が読み解く 足利の時代─力と陰謀がすべての室町の人々 青林堂 2017 倉山満

現代語訳 神皇正統記 (新人物文庫) 文庫 – 2015 今谷明

現代語古事記: 決定版 学研パブリッシング 2011 竹田恒泰

尚武のこころ 三島由紀夫対談集 守るべきものの価値 われわれは何を選択するか 石原慎太郎(作家・参議院議員)月刊ペン 昭和44年11月号

この国を滅ぼさないための重要な結論 《嘘まみれ保守》に憲法改正を任せるな! (Knock‐the‐Knowing) ヒカルランド 2015 倉山満

中央公論特別編集 三島由紀夫と戦後 2010 中央公論編集部

コミンテルンの謀略と日本の敗戦 (PHP新書) 新書 – 2017 江崎道朗



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倉山満『国民が知らない上皇の日本史』 感想① 私達は歴史を知らない


 昨年出版された『日本一やさしい天皇の講座』は皇室の歴史を駆け足で語り、譲位を論ずることで、三つの疑問「一、なぜ天皇は必要なのか」「二、なぜ、皇室は一度も途切れることなく続いてきたのか」「三、そもそも天皇とは、そして皇室とはなんなのか」に取り組んだものでした。そちらの感想も当ブログで取り上げておりますのでよろしければお読みください。

倉山満 日本一やさしい天皇の講座 感想

 今回の『上皇の日本史』は上皇という切り口で日本の歴史を通観し、未来に向けて我が国をどうしていくかを考えるものになっています。

 さて、タイトルの「私達は歴史を知らない」「私達」ではなく「お前」だろと言われればその通りなのですが、皆さんこちらに全て答えられますか?

・歴史上最初に上皇となったのは誰?
・上皇になった天皇は何人いるの?
・譲位後の天皇は皆上皇になれる?天皇にならなくても上皇になれる?
・上皇になったら全員院政が出来る?
・践祚と即位の違いって何?
・三種の神器と天皇、どちらが大事?三種の神器がないと践祚は出来ないの?


 と、ここで別にクイズがしたいわけではありませんが、この本を読みいろいろ調べたことで痛感したことがあります。

 私達は皇室の歴史を知らない。

 もちろん日本史の教科書に天皇の名前は出てきます。しかし神武天皇のことは教わりますか?嵯峨天皇の業績は?ましてや光格天皇は?

 日本がなぜ日本で、世界の中でも最長不倒の国なのか。それは皇室があるからですよね。それなのに、天皇や皇室のことを抜きに語ってしまっては、日本の歴史そのものがなんのことかさっぱりわからないものになってしまっても仕方がありません。倉山先生のいうとおり、名君や何事もなく過ごしてきた人ほど皇室の歴史に名を遺さないという事はさておき、普通の国なら神話だということは前置きした上で、国の成り立ちを教えるものではないでしょうか。しかしながら、私が資料として持っている少々古い中学生向けの教科書を読むと、3世紀ごろにいきなり大和政権が出てきて、最初に出てくる天皇の名前は推古天皇(第33代)です。大和政権はは3世紀くらいに豪族の中からポッと出てきて、どうも天皇と呼ばれる人が頂点にいて、平安時代には摂関政治で藤原氏の傀儡、それが終わると院政が始まり、混乱の中南北朝に突入して、江戸時代になるといるかいないのかわからない存在になり、幕末にいきなり尊王攘夷だと担ぎ出されて、明治になると天皇主権で現人神になり、昭和に入り戦争で負けると象徴になった、そのような印象を受けてしまいます。そもそも南北朝のことを語るのに避けては通れないはずの「両統迭立」ですら中学教科書では触れません。これでは単純に武家政権と天皇が争っていたかのような印象しか受けないと思います。

 結局、先程のクイズのレベルではなく、天皇とは何か?皇室とは何か?日本人にとって、日本の歴史において最も重要なこれについて学ばない為に、歴史教育が片手落ちになってしまうのではないでしょうか。現在の自虐史観は論外として、私は戦前の行き過ぎた皇国史観も問題があると思っています。現実の皇室やその歴史をきちんととらえていないという点ではどちらも同じですので。

 これまで述べてきたことは前回書かれた『日本一やさしい天皇の講座』のテーマでもありますが、今回の『国民が知らない上皇の日本史』では、元々は不吉な新儀として誕生した「上皇」が皇室を存続するためにいかに機能してきたかについても詳しく書かれています。我々が教科書で読んだ「上皇」は「院政」を行なった、なんだか良くわからないけど、悪いことをした人達という印象ですが、決してそれだけではない、むしろ「上皇」が存在しえないということが良くないことである、という面もあることもわかります。それを知れば来年、今上陛下の御譲位によって陛下が上皇になられることも、先例に従って行われる限り決して恐れるようなものではないことが良くわかると思います。

 感想というよりほとんど入口についてしか書けませんでしたが、次回は三種の神器について語る予定です。では続きは近々。





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富山市在住。夫と息子、猫2匹と暮らす会社員。

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