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倉山満 国民が知らない上皇の日本史 感想②三種の神器とは


 前回の予告通り。今回は三種の神器について語りたいと思います。


 そもそも三種の神器とはなにか。『古事記』の上つ巻にも既に記述があり、天孫降臨の際には天照大神が邇邇芸命に鏡・勾玉・剣を授け、践祚の際にはこれを受け継ぎます(剣璽等承継の儀)。

 前回のブログで「即位と践祚は違うの?」と書きましたが、簡単に説明するとこうなります。

○践祚・・・皇嗣が皇位を継承すること
○即位・・・皇位についたことを内外に宣言すること

 践祚と即位は古代から区別されていたのですが、敗戦後の改正された皇室典範で践祚という言葉が使われなくなり、現代では元々の践祚が即位、即位が即位式に変わっています。その経緯はさておき、三種の神器が、践祚の儀式に使われるというだけではなく皇室にとって大事なものであることは間違いありません。では天皇自身を守るより三種の神器を守ることが優先されることなのでしょうか。

 ここで南北朝正閏論争について少し述べたいと思います。

 建武の親政の崩壊後、後醍醐天皇とその子孫たちの南朝と京都の北朝に皇統が二つにわかれたためにどちらが正統なのかという論争が明治になっても続いていました。一応の決着がついたのが明治44年(1911年)2月4日。帝国議会で南朝が「正」、北朝が「閏」とされる決議が行われました。

 これには維新の志士たちが皆読んでいたといわれる古典『太平記』や徳川光圀が編纂した『大日本史』、『大日本史』から派生した水戸学の影響があったと思われます。後醍醐天皇に仕えた楠木正成は忠臣でヒーロー、足利は逆賊。このことは南北朝正閠論争が一応の決着をした後も、足利尊氏を褒める論文を書いたばかりに、それが元となり商工大臣だった中島久万吉が辞職に追い込まれることになるほどだったそうです。

  徳川光圀の『大日本史』に強い影響を与えたのは北畠親房の『神皇正統記』と言われています。北畠親房は後醍醐天皇に仕えた南朝側の公卿、南朝を正統として書かれています。南朝側の人間が書いたから結論が決まっているということではありませんが、実際には矛盾があります。親房は尊成親王(後鳥羽天皇)への践祚は認めているのに、光厳天皇への践祚は三種の神器がなかったことを持って正当ではないと言っているのです。寿永2(1183)年、落ちぶれた平家軍が幼少の安徳天皇を三種の神器を伴って西方に逃げたため、後白河法皇は治天の君として尊成親王(後鳥羽天皇)を践祚させます。安徳天皇と後鳥羽天皇の在位期間は被っています。この時の践祚を親房は後白河法皇による「伝国詔宣」と認めているのに、光厳天皇への践祚が後伏見天皇の「伝国詔宣」だったことは意識的に無視され、三種の神器がなかったことを理由に正統な皇位継承ではなかったとしていると『現代語訳 神皇正統記』で今谷明先生は指摘します。そして、践祚の時こそ三種の神器は光厳天皇の元にはありませんでしたが、後に揃っています。その神器は後に偽物だったから返せと後醍醐天皇は言っているのですが、では本当の神器は一体どれなのかという話です。現代では研究もすすみ、三種の神器しかなかった南朝に比べて、それ以外の儀式の実態など他のことは北朝にあったことも明らかになってきています。三種の神器は大事、しかしながら本当にそれだけで皇統の正統性が認められるものなのでしょうか。

 さて、前回の『天皇の講座』でも名前の挙がっていた三島由紀夫です。三島と石原慎太郎の対談「守るべきものの価値」ですが、改めて読んでも「刀を持っている」だの「僕だって飛び道具を持っている」だの冷静な対談だったのかという印象を受けました。

 この対談の裏話は『三島由紀夫と戦後』(中央公論社 2010年)に石原慎太郎のインタビュー『三島さん、懐かしい人』として掲載されています。三島は居合いの稽古の帰りでたまたま刀を持っていたと言っていましたが、石原氏は「嘘をつけ」と思っていて、次の日に三島の家に電話して、家政婦さんに何時に三島が家を出たかを確認したところ、対談の直前の時間に外出していたそうです。三島はわざわざ見せるために真剣を持って来ていたということになります。

  三島のこの行動が何を意味するのかわかりませんが、この頃の出来事を時系列に並べていろいろ考えることは出来ます。

 戦後の社会主義者、共産主義者はこの頃様々な事件を起こしました。そんな中、三島が自衛隊に体験入隊したのは昭和42年、楯の会を立ち上げたのが昭和43年です。この石原との対談が行われたのは昭和44年の11月、この少し前の10月21日に、三島にとって衝撃だったと思われる国際反戦デー闘争があります。これを警察が鎮圧したこと。このことで憲法が改正出来なくなったと、三島は、この約1年後に彼が割腹自殺してしまう自衛隊での演説で述べています。

 この後、三島、石原と仲の良かった村松剛も「三島が死にたがっていて心配だ」と石原氏に言っていたそうです。普通に考えても実現するはずのない自衛隊の決起。三島の胸にあったのはなんだったのでしょうか。

 さて「三島は玉体より三種の神器が大切だなんて言っていない!」という人達がいます。三島は皇統こそが守るものだと言っているのだと竹田恒泰氏は言うのですが...

【竹田恒泰】ご譲位って何するの? 一番重要なのは三種の神器の継承


 「三種の神器あってこその天皇」「三種の神器が失われたらもう天皇は終わり」って...

 昭和天皇が三種の神器をどのように守ろうとしたのかとの話が出てきますが、もちろん三種の神器は大事です。竹田氏の言い分もわからないではないのですが、平和な時代、誰も現在の陛下にとって変わろうなどと考える人がいないという前提でないと成り立たない話ではないでしょうか。では現在皇族ではない人が、力づくで三種の神器を奪ったらどうなるのでしょうか。例えそれが皇室の男系の血を受け継いでいる男性であったとしてもです。「 禁闕の変 」が起こったとき、当時の人達は、神器を奪った人が正統な天皇だと思ったでしょうか。現在は皇室典範で皇位の継承順位がはっきり定められていますので、誰かに奪われたとしてもその人が天皇になるわけではありません。しかし、それは南北朝の時代でもそうだったのではないでしょうか?はっきりした継承順位が定められていないとしても。それを果てしない思想戦の末に後の時代に南朝が「正」、北朝が「閏」とされたという話だと思います。竹田氏の本は何冊か読んで勉強していますが、この発言はあまりに危うい気がします。彼の言い分が本当なら皇室の潰し方をわざわざ公開していることになってしまいます。

 結局、竹田氏の説も三島の発言も、「南朝正統論」に立っている気がします。竹田氏はわかりませんが、このどちらを正統とするかの結論は、「天皇親政」か、そうではなく嵯峨天皇以来の「天皇不親政」をとるかの違いなのかもしれません。ちなみに大本ともいえる『神皇正統記』は必ずしも天皇親政が良いと言っているわけではないようですが。三島の場合、二・二六の青年将校に思い入れが強く、いくつもの著作、特に『英霊の聲』では所謂「人間宣言」に対して激烈とも言えるような昭和天皇批判をしています。『文化防衛論』でも三島は「西欧的立憲君主政体に固執した昭和の天皇制は、二・二六事件の「みやび」を理解する力を喪っていた」と言います。お前ごときが偉そうに三島を語るなと言われればそうなのですが、この『文化防衛論』といい、『英霊の聲』と言い、三島の見ていた天皇や皇室というものは、現実の先帝陛下や積み重ねてきた歴史ではなく「私のこうあるべき天皇」にしか思えないのです。それは二・二六の青年将校や彼らの精神的支柱となった北一輝においてもです。現在はweb上でも北一輝の『日本改造法案大綱』や磯部浅一の『獄中日記』は読むことが出来ますので一度読んでいただきたいのですが、私には『日本改造法案大綱』など天皇大権を利用した共産主義革命マニュアルとしか思えませんし、磯部の『獄中日記』も、「なんで陛下も愚民どももこの改造法案の素晴らしさに気づかないのか!!」というルサンチマンにしか見えません。彼らは天皇親政と口では言っても、本気でそれを信じているのではなく、自分たちの都合よく動く天皇を想定しているわけです。昭和天皇は望んでいなかったのに、勝手に陛下から預かった軍を動かし、総理を初めとした閣僚を襲い「さあ、姦臣どもは討ちました。どうぞ陛下、親政を」とやったのですから。少なくとも本当に彼らが実現したかったのが「天皇親政」なら昭和天皇が一貫して「すみやかに鎮圧せよ」と言っていたことを知ったその時点で降伏するか切腹するかではないでしょうか。少なくとも獄中で恨み節はあり得ないと思います。青年将校の中に純粋に国や窮乏している人達を思って行動した人がいることは否定しませんが、彼らのとった行動は愚かとしか言いようがなく、これを賛美し、昭和天皇を非難しつつ、守るべきものは「三種の神器」だと云う三島の言い分がどうしても理解出来ないところではあります。

 そもそも守るべきものが「皇統」ならまだわかりますが、なぜ「三種の神器」なのか。繰り返しますが、その時代背景としての、「南朝正統論」「南北朝正閏論争」それにつながる「天皇機関説事件」(天皇親政か不親政か)があるのだとは思います。そして問題なのはその時代背景の元、そのような考えに至った三島というよりも、三島の言葉を金科玉条にする人々ではないでしょうか。その方達が自分の学びの末に、それが三島を通じてでもそのような考えに至ったというのなら良いのですが、私がこちらのブログでもしばしば取り上げている呆守の方達。三島を取り上げて8月8日の天皇陛下のお言葉を「平成の人間宣言」などと言った人を私は厳しく批判しましたが、三島はこのような人達に己の言論を利用されることをよしとするのでしょうか。チャンネルくららで倉山先生は「生きていたらチャンネルくららに出て欲しい人No.1」と三島のことを言っていましたが、現在の彼の言葉を聞くことができたなら是非それも聞いてみたいです。

 さて、ここまで書評なのかなんなのかわからないことを長々述べて来ましたが、ここで「上皇」という存在が皇統を守るために大切なものだという話になります。

 後鳥羽天皇への践祚の正統性は後白河法王が治天の君としてそれを決めたからでした。北畠親房も認めています。これは三種の神器が皇位継承の絶対条件ではないという「先例」ですよね。この後、壇ノ浦で追い詰められて安徳天皇は入水し、草薙の剣も失われました。三種の神器がなければ皇位継承が出来ないとしてしまったら、皇室は存続していなかったのではないでしょうか。それ以前に上皇が次代の天皇を定めれば良い、という先例を作っていた。それで皇室は現在も存続している。これが何度も倉山先生が『天皇の講座』で述べている「タマタマ」ではないでしょうか。しかもこのことすらも、結果として後白河法皇が勝った側だから正統だと認められているとも言えなくはありません。保元の乱以降、所謂警察権力だけではなく「武力」という手段を使うようになってしまったために、治天の君の権威だけで法的革新が得られる時代では無くなっているわけですので。この「タマタマ」は前回も述べましたが、決して軽い意味ではなく、なんとしてでも皇室を存続させなければならないという、皇族方のそしてそれを守りたい人達の執念ともいうべき強い思いからなるものだと思います。

 ここまで書いて来たことは、前回の「私達は歴史を知らない」にも通じる話です。今まで私が語ってきたことは、ちょっと歴史に詳しければ知っている人も多い話だと思います。しかしながら、ただ歴史の年表を暗記しても意味はない、その時代や状況、その歴史を伝えた人のことを知れば違う側面も見えてきます。

 倉山先生は歴史の話をするときに、それを現在の出来事のように話をします。学問とはただ知識のみを追うのではなく、それを「追体験」することでより身につく。これは、近々こちらのブログでも取り上げる予定の、昨年、江崎道朗先生の書かれた『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』の記述でもあります。日本の敗戦が濃厚となり、政府が右翼全体主義者や左翼に牛耳られる中、それに立ち向かった保守自由主義者達。彼らがなぜそのように行動できたのか。それこそがこの「追体験の学問」によるものでした。今回、なぜ三島が守るべきものを「皇統」「玉体」と言わず「三種の神器」と言ったのか。そこまでの時代背景を追うため調べたり、読んだりしました。結論としては、やはり三島の考えは私にはわかりませんでしたが、今の時代とはまた違った危機感を三島は抱き、それに駆られて行動していたのだろうと思いました。

 小出しにすると言いながら長くなってしまいました。次回は「天皇には意思がある」あるいは「先例重視は先例主義でない、ましてや設計主義ではない」というテーマでのべたいと思います。それより先に、他の作品とか、それこそ小出しに色々書くかもしれません。では。

〈参考文献〉

日本一やさしい天皇の講座 (扶桑社新書) 新書 – 2017 倉山 満

倉山満が読み解く 太平記の時代―最強の日本人論・逞しい室町の人々 青林堂 2016 倉山満

倉山満が読み解く 足利の時代─力と陰謀がすべての室町の人々 青林堂 2017 倉山満

現代語訳 神皇正統記 (新人物文庫) 文庫 – 2015 今谷明

現代語古事記: 決定版 学研パブリッシング 2011 竹田恒泰

尚武のこころ 三島由紀夫対談集 守るべきものの価値 われわれは何を選択するか 石原慎太郎(作家・参議院議員)月刊ペン 昭和44年11月号

この国を滅ぼさないための重要な結論 《嘘まみれ保守》に憲法改正を任せるな! (Knock‐the‐Knowing) ヒカルランド 2015 倉山満

中央公論特別編集 三島由紀夫と戦後 2010 中央公論編集部

コミンテルンの謀略と日本の敗戦 (PHP新書) 新書 – 2017 江崎道朗



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倉山満『国民が知らない上皇の日本史』 感想① 私達は歴史を知らない


 昨年出版された『日本一やさしい天皇の講座』は皇室の歴史を駆け足で語り、譲位を論ずることで、三つの疑問「一、なぜ天皇は必要なのか」「二、なぜ、皇室は一度も途切れることなく続いてきたのか」「三、そもそも天皇とは、そして皇室とはなんなのか」に取り組んだものでした。そちらの感想も当ブログで取り上げておりますのでよろしければお読みください。

倉山満 日本一やさしい天皇の講座 感想

 今回の『上皇の日本史』は上皇という切り口で日本の歴史を通観し、未来に向けて我が国をどうしていくかを考えるものになっています。

 さて、タイトルの「私達は歴史を知らない」「私達」ではなく「お前」だろと言われればその通りなのですが、皆さんこちらに全て答えられますか?

・歴史上最初に上皇となったのは誰?
・上皇になった天皇は何人いるの?
・譲位後の天皇は皆上皇になれる?天皇にならなくても上皇になれる?
・上皇になったら全員院政が出来る?
・践祚と即位の違いって何?
・三種の神器と天皇、どちらが大事?三種の神器がないと践祚は出来ないの?


 と、ここで別にクイズがしたいわけではありませんが、この本を読みいろいろ調べたことで痛感したことがあります。

 私達は皇室の歴史を知らない。

 もちろん日本史の教科書に天皇の名前は出てきます。しかし神武天皇のことは教わりますか?嵯峨天皇の業績は?ましてや光格天皇は?

 日本がなぜ日本で、世界の中でも最長不倒の国なのか。それは皇室があるからですよね。それなのに、天皇や皇室のことを抜きに語ってしまっては、日本の歴史そのものがなんのことかさっぱりわからないものになってしまっても仕方がありません。倉山先生のいうとおり、名君や何事もなく過ごしてきた人ほど皇室の歴史に名を遺さないという事はさておき、普通の国なら神話だということは前置きした上で、国の成り立ちを教えるものではないでしょうか。しかしながら、私が資料として持っている少々古い中学生向けの教科書を読むと、3世紀ごろにいきなり大和政権が出てきて、最初に出てくる天皇の名前は推古天皇(第33代)です。大和政権はは3世紀くらいに豪族の中からポッと出てきて、どうも天皇と呼ばれる人が頂点にいて、平安時代には摂関政治で藤原氏の傀儡、それが終わると院政が始まり、混乱の中南北朝に突入して、江戸時代になるといるかいないのかわからない存在になり、幕末にいきなり尊王攘夷だと担ぎ出されて、明治になると天皇主権で現人神になり、昭和に入り戦争で負けると象徴になった、そのような印象を受けてしまいます。そもそも南北朝のことを語るのに避けては通れないはずの「両統迭立」ですら中学教科書では触れません。これでは単純に武家政権と天皇が争っていたかのような印象しか受けないと思います。

 結局、先程のクイズのレベルではなく、天皇とは何か?皇室とは何か?日本人にとって、日本の歴史において最も重要なこれについて学ばない為に、歴史教育が片手落ちになってしまうのではないでしょうか。現在の自虐史観は論外として、私は戦前の行き過ぎた皇国史観も問題があると思っています。現実の皇室やその歴史をきちんととらえていないという点ではどちらも同じですので。

 これまで述べてきたことは前回書かれた『日本一やさしい天皇の講座』のテーマでもありますが、今回の『国民が知らない上皇の日本史』では、元々は不吉な新儀として誕生した「上皇」が皇室を存続するためにいかに機能してきたかについても詳しく書かれています。我々が教科書で読んだ「上皇」は「院政」を行なった、なんだか良くわからないけど、悪いことをした人達という印象ですが、決してそれだけではない、むしろ「上皇」が存在しえないということが良くないことである、という面もあることもわかります。それを知れば来年、今上陛下の御譲位によって陛下が上皇になられることも、先例に従って行われる限り決して恐れるようなものではないことが良くわかると思います。

 感想というよりほとんど入口についてしか書けませんでしたが、次回は三種の神器について語る予定です。では続きは近々。





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倉山満 『工作員・西郷隆盛』感想


 あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いいたします。

 今年最初の記事です。今年の大河ドラマは林真理子原作の『西郷どん』。会見で男性同士の恋愛を描く可能性に触れて話題になりました。そんな中、倉山満先生も西郷についての本を出すということで楽しみにしていました。すると、倉山満の砦でこのような発言が!

祝!パタリロ殿下、『モーニング』に降臨  

 砦より引用

ちなみに、私もBL本、書いてみました。

工作員・西郷隆盛 謀略の幕末維新史

 引用終わり


 倉山先生がBL?! (`✧д✧´)

 こちらの記事、「パタリロ」のモーニングでの掲載を喜ぶ話と一緒に紹介されています。パタリロと言えば、来年でなんと連載から40周年を迎える傑作少女漫画、倉山先生も国際政治や陰謀を学ぶための必読書として進めている作品です。そして少年愛などの要素も多分に含んでいます。これは一体どういった内容になっているのか。ワクワクしながら『工作員・西郷隆盛』を読み進めていくと...

(P54から引用)
 明石元二郎は、日露戦争を勝利に導いたとされる伝説のスパイです。昔は工作員のことをスパイと言いましたが、最近は、インテリジェンス・オフィサーと呼ぶ書籍が多いようです。
(引用終わり)


 インテリジェンス・オフィサー、直訳すると情報将校になりますが、少女漫画界で情報将校と言えば、『エロイカより愛をこめて」のエーベルバッハ少佐と『パタリロ』のバンコラン少佐のW少佐。やはり西郷はバンコランか?!となるとマライヒは・・・大久保利通?!

 あまりにおふざけするとファンの人どころか、倉山先生御自身からも叱られそうなので、多少のパタリロのネタも含みつつ感想を書いて行きたいと思います。

・西郷の人柄
 「はじめに」で飾らない、しかし規律を重んじる、清廉で誰からも好かれる所謂イメージ通りの西郷を伝えるエピソードが語られます。バンコランとは違うだろ!と突っ込まれるかもしれませんが、バンコランは普段のクールなたたずまいとは違い、自分の関わった人間に対しては、それが犯罪グループの一員でも、心を残したりする、所謂「人情家」の側面があります。西郷が鰻屋で貧乏な書生たちのために多く金を支払うエピソードがありますが、バンコランも孤児院に寄付をしたり、亡くなった同僚の息子を支援したりといった篤志家の面も持っています。しかしながら、そういった面が全てのはずはありません。目的のためには非常に徹します。特に麻薬による犯罪をひどく憎んでいるバンコランは所謂「殺人許可証」を持っているとはいえ、犯人を逃がさぬために、弁護士を呼べと言っている相手をだましてまで撃ち殺したりしています。西郷も皆から好かれる人物であるがゆえにいざというときには泥をかぶれる、そして目的のためなら非常にもなる、そのような側面があります。その人柄が「工作員」としての西郷に非常に有利に働いていた。しかしながら、そういった西郷の誰にでも好かれる側面やカリスマ性が後の悲劇につながったのではないかと思われます。

・幕末の知識人たち
 タイトルに「工作員」と銘打ってあるように、こちらの本はかなりの部分をインテリジェンスについて語られています。スパイ小説や映画を見ていると人を裏切ることがスパイの常識のように思わされることもありますが、そうではないと倉山先生は語ります。実際の活動では、人と信頼関係を築き、そこから情報活動を取るのがスパイの仕事なのです。(p46より)確かに、信頼できない人物に大事な情報など渡せるはずがありませんよね。バンコランはMI6のエージェントなので普段は英国のために仕事をしていますが、CIAのヒューイットなどとも協力して動いていますし、パタリロなど気に入らなくても付き合っているのは王族と繋がりがあることはいろんなネットワークに繋がるために非常に有効だと考えられます。島津斉彬の「工作員」として広い人脈を作った西郷。様々な意見を持つ人と繋がりを持ったのですが、西郷はただやみくもに誰とでも付き合っているわけではありません。意見を違えど、国を思う人物と付き合い人脈を作る。現代と比べれば、移動に時間もかかり、通信手段も手紙くらいしかないと思われるのに、知識人たちは全国でつながっていた。インターネットで世界中に簡単にアクセスできる現代よりもこの頃の知識人たちは、優れた人物を見つけたら、その人とつながりたいという意欲が強かったのかもしれません。

・幕末の教育
 江戸時代の民間教育、特に長州藩の明治維新の中心人物が通った松下村塾は有名ですが、西郷や大久保利通の出身地である薩摩には郷中教育という、独特な少年藩士の育成方法があったそうです。大人の指導はなく、年長者が年少者を指導し、お互いに教え合う。その中で人の道や道徳も教わる。年を取るにつれ西郷はリーダー格になり、その結束は明治維新まで続いたそうです。バンコランは少年時代に家を飛び出し、そこでグローブナー将軍に拾われて、エージェントの教習所のようなところに入ります。そこでは教官だけではなく、先輩が後輩を指導するシステムにもなっていたようです。先に学んだものが後輩の指導をする。誰かに教える事が出来るようになるには自身がそれだけそのことに対して習熟している必要がありますので、これはある意味非常に合理的なシステムなのかもしれませんね。そこでバンコランはエージェントとして必要な技術を教わります。それと共に人を愛することも...ケホケホ

・挫折したときの勉強こそが糧
 こちらは第三章のタイトルです。西郷は安政の大獄で追われる身となり、島流しにされます(正確には死んだことにして逃がした)。そんな中でも寺子屋講師として読み書きを教えながら、自らも読書に励み、大久保と連絡を取って薩摩や中央政府の情報を得ていました。本来ならもう表舞台に立つことをあきらめるような境遇ですが、そんな中でも学び続けることをやめない西郷。そして大久保は西郷をいつか呼び戻すために、島津久光に必死に取り入り、やがて信頼を得るようになります。しかしながらやっと呼び戻されて、久光に召し出されたときのエピソードが...久光がよく耐えたというべきなのでしょうが、結局この後、また久光の怒りを買って再度島流し。次に呼び戻されるまでの大久保の苦労を思うと涙ぐましいものがあります。

・陰謀で世の中は動くのか?
 「工作員」と銘打たれていると、なにか陰謀で歴史が動いた話かと思われるかもしれません。しかしながら、いつの世にもどこにでも「陰謀」はあるもの。西郷の関わった工作の一つに篤姫の輿入れがあります。様々なパターンを想定しての計画だったにも関わらず、その思惑を外れて送り込んだ篤姫自身が抵抗勢力になってしまいます。そして、慶喜を将軍にすることも作戦の一つであったにも関わらず、その慶喜自身が、大久保や西郷にとって最大の敵になってしまうという何とも皮肉な展開です。しかし、最後に勝ったのは、大久保の誰よりも強い意思でした。『パタリロ』の初期の長編傑作「霧のロンドンエアポート」でも、バンコランの先輩であり、かつての恋人でもあったデミアンとの決戦。勝てるはずのなかったバンコランが勝ったのはマライヒの決死の行動でした。勝つためには作戦という概念が必要ですし、思いだけではなにも出来ません。しかしながら、考えに考え抜いた末にぶつかり合った時に勝つのは思いの強い方なのかもしれません。

・維新はなり そして悲しい結末へ
 薩摩と長州が中心となって、新しい時代を切り開いていくことになりますが、そこで急速に西郷は行き場をなくしていき、大久保は政府の中枢で憎まれながらも果敢に改革を進めていきます。最後に西郷の取った行動は理解しがたいところがあります。倉山先生の読み解いたところが答えなら、多くの人に慕われた人だからこそあまりに悲しい気がします。そして大久保の最後は涙無くしては読めません。

 少々おふざけが多い感想になってしまいましたが、教科書で読むとわかりづらい明治維新、特に大政奉還以降の流れが非常にわかりやすく理解できる本となっています。大河ドラマを見る前に、是非こちらの本も手に取っていただきたいと思います。




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倉山満 日本一やさしい天皇の講座 感想

 
 去年の8月8日、天皇陛下によるお言葉がありました。こちらは扶桑社から出された『保守の心得』『帝国憲法の真実』に続く保守シリーズ第三弾として予定されていたものが、今回のお言葉を受けて緊急出版することになったそうです。譲位に関する特例法案が先日衆議院を通過したばかりというまさに今読むべき本となっています。

 あの時の陛下のお言葉を受けて、陛下がどれほど国民を信頼しているのか、どれほど国民を思って日々祈り、務めてこられたのか。改めて胸の熱くなる思いがしたものです。このお言葉で陛下の御存在がどれほどありがたいものかを確認した方も多いのではないでしょうか。そして、改めて「天皇って何?」「皇室って何?」といった疑問を持ち、それを知るために何から学べばよいかわからず戸惑う方もいると思います。そういう方に是非この本を手に取っていただきたいと思います。

 「はじめに」で語られますが、この本は三つの疑問
 一、なぜ、天皇は必要なのか
 二、なぜ、皇室は一度も途切れることなく続いてきたのか
 三、そもそも天皇とは、そして皇室とはなんなのか

こちらの答えを出すことを試みて書かれたものです。決して倉山先生の意見を押し付けるものではありません。しかしながら、答えを出すには知っておかなければならないことがあります。皇室を論じるための大原則は「新儀は不吉。だから先例を探す」。世界最長の歴史を持つ日本、昨日と同じ明日が続くことが幸せといった価値観を持てるとても恵まれた国ですが、なぜそうなのかを知るには歴史を知ることが第一となります。古事記から連なる歴代天皇のエピソード。特に、武家の時代になってからは、一見武家社会に押しやられ、陰に隠れてしまったように見える歴代天皇が如何に知略を駆使し自らの権威を保ってきたか、そして時の権力者たちが自らの力を保持するために如何に天皇を利用して来たかが描かれます。歴代の天皇には無駄な公共事業をやめ、文化事業に励み次々と政治改革に取り組んだ嵯峨天皇、両統迭立の原因を作った後嵯峨天皇やその息子の後深草天皇、亀山天皇、そして南北朝の動乱の原因となった後醍醐天皇。名君もいれば世の中に混乱をもたらした天皇もいる。しかしながら、万世一系の皇室は公称2600年以上も続いている。なぜ誰も皇室を滅ぼさなかったのでしょうか、そして天皇になり替わる者がいなかったのでしょうか。倉山先生は著書の中で何度も「タマタマ」とそれを表現しています。いい加減なと思うかもしれませんが、そうではありません。何度もこの「タマタマ」が繰り返されるところが日本が日本である所以ではないでしょうか。読み進めて頂ければご理解いただけると思います。

 武家社会が終わり、明治に移ると、外国の植民地にされない、強い国になるための国づくりをするための改革「御一新」、後に「維新」が行われます。しかし先に述べた大原則「新儀は不吉」。新儀を嫌う朝廷で改革を進めるために新政府は「王政復古の大号令」を宣言します。新政府は「新儀」を神武創業の精神で乗り越えようと試みます。この時に行われた三つの新儀「一世一元の制」「皇室典範」「摂政」は現代にも大きく影響を及ぼしています。こちらに関しても、作られた背景やそれが持つ欠陥も含めて語られます。今回の御譲位の問題でもなぜ摂政が望ましくないのか、そしてにわかに浮上する女系天皇や女性天皇、女性宮家の話、そちらも先例に基づいて是か否かが語られます。特に皇室について語るには歴史を知ることが大事です。今、簡単に「女性尊重の時代だから女性天皇」と言う人は八方十代の女帝が未亡人か未婚だったことを分かって言っているのでしょうか。「そうしなければならないなど皇室典範にもどこの法律の条文にも書いてない!」というつもりでしょうか。条文で書かれていることが全てではない。あまりに当たり前なことは条文に書かないこと、条文に書かれていないことの中に非常に大切なことがあること、そして書かれていないからこそ簡単に変えられないということ。これは憲法や国際法の問題と同じことで、それについて日本の学校教育ではほぼ教わることがありません。倉山先生の様々な御著書では繰り返し書かれていることなのですが、当ブログでもいろいろ紹介しているので是非そちらも参照していただきたいと思います。

 激動の時代を越えて、日本は敗戦を経験し、憲法典を変えさせられるという悲劇に襲われました。「元首」から「象徴」へ。そのことで天皇という存在は変えられてしまったのでしょうか。もともと帝国憲法下の天皇も普段は政治には関与しない立憲君主でした。ではなぜ今回の陛下のお言葉で「天皇が憲法や法律を変えさせようとするのは憲法違反だ!」などと言う人達が現れたのでしょうか。それは憲法を変えさせたGHQすら想定していなかった、「天皇はロボットだ」とする日本人がいたこと。そして、それが「法の番人」と呼ばれる内閣法制局にまで浸透してしまったからです。しかしながら今回のお言葉を受けて、多くの国民が「陛下がおっしゃることならば」とそのお気持ちを受け入れました。そしてそれに応じるかのように阪田雅裕元内閣法制局長官も「陛下のお気持ちに沿った法整備がなされるべき」であり、「今回のお言葉を理由に政府が法案を提出しても憲法上問題はない」とインタビューで答えています。

 敗戦後、これでもかと自虐教育を強いられてきた日本人ですが、一番大切な我が国の国体とも言うべき皇室と国民の絆は切れていなかった。それが陛下のお言葉で確認されたと思います。そして戦後の憲法学を乗っ取った宮澤俊儀の呪いも今打ち破られようとしています。今回の御譲位が実現すればそれは光格上皇以来の二百年に一度の出来事となります。その大きな歴史の中で改めて天皇とは何か、皇室とは何か、そして今回の御譲位について考えるために必読の本です。


 

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憲法フォーラムin石川 チャンネルくららで公開!!

 
 先日行われた憲法フォーラムin石川の動画がチャンネルくららで公開されました!

 【施行70年 憲法フォーラム】 「日本国憲法の歴史と問題点」講演:倉山満




 1週間で1万2千回超えの再生数!!普段のタブー無しのチャンネルくららとは違い、倉山先生の普段の言説を知らない方でもわかりやすい、ネタも毒も少なめ、憲法論議についてのわかりやすいお話となっています。くららの常連さんだと少々物足りないと思うところもあるかもしれませんが、参加した人たちからは「今までの自分たちの活動や学んできたことはなんだったのか」「衝撃だった」とのお声をいただきました。これまで行われてきた憲法論議とは憲法典論議であった、真の憲法論議とは何か。是非ご視聴ください。

 今回、倉山塾北信越支部は後援の一団体として携わりました。倉山塾地方支部が主催する講演会は、いつもはその様子を倉山塾内のストアでオーディオブックとして販売しています。今回は支部単独ではなく多数の後援団体があったことと、主催の石川県憲法フォーラム青年実行委員会のご好意、そして「よりたくさんの人に見て頂くのならチャンネルくららで公開するといいでしょう」という倉山先生のご提案によりチャンネルくららにて公開ということになりました。

 支部活動に触れましたので、ここで倉山塾地方支部について少しご紹介しようと思います。

 倉山塾には東から紹介すると北海道、東北、北信越、栃木、東京、東海、関西、中四国、九州・山口の9つの支部があります。全国の塾生が任意で参加し、勉強会や講演会を行っています。一つの支部の範囲が広いところも多いため、独自に県民会を持って活動したり、スカイプなどを使っての勉強会をすることもあります。講演会に関しても単独で行う場合や、今回の私達のように他の団体と協力して行う事もあります。どちらにしてもそれが専業ではなく普段は働いている人がほとんどですので、講演会などの大きなことを行うのはいろいろ大変なことがありますし、金銭的にもリスクがあります。それを補う意味もあり、通常は公開ではなくオーディオブックで販売という形にしています。

 今回は他団体との共同での開催ということもあり、チャンネルくららで公開という形になりました。そしてせっかくの機会ですので、倉山塾の地方支部の活動を知ってもらいたいと思い、ブログにて紹介することにいたしました。

 支部の勉強会には塾生だけではなく一般の方も参加いただけるものもあり、随時参加募集していますので、是非このFBページをチェックしてみてください。

倉山塾全国各支部のご案内




テーマ : 憲法改正論議
ジャンル : 政治・経済

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Author:yumikw
富山市在住。夫と息子、猫2匹と暮らす会社員。

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