和田政宗 戦後レジームを解き放て! 感想


 次世代の党の政調会長、和田正宗先生。先日のニコ生の対談も面白くて有益なものでしたが、参議院での質疑も本当に素晴らしかったですね。


和田政宗議員と安倍晋三総理大臣の素晴らしい議論(2015年7月29日)



 衆議院での他の野党のあのむなしい質疑は何だったのかと思いました。もう、次世代の党だけでいいのではないかと思ってしまいます。次の日の中山恭子先生の質疑も拉致被害者を取り返すという視点に絞り、その上で法案をより良いものにしていくための前向きなものでした。

 和田議員の質疑を受けてのその意図が良くわかる動画がチャンネルくららでUPされていますので、こちらもご覧になられるとより理解が深まると思います。


【8月4日配信】和田政宗先生 大勝利者インタビュー!「安保法制特別委員会&NHK日曜討論」和田政宗 山村明義 倉山満【チャンネルくらら】



 さて、今回の記事は、その和田先生がまだみんなの党に所属していた時に出版された本の紹介です。戦後レジームとはいったいなんであるのか。メディア、教育、憲法などを通じてGHQがどのような罠を日本人に仕掛けたのか。そしてそれがどれほどまでに現在の我々を縛っているのかが書かれています。

 和田先生は元NHKのアナウンサーだったため、その時の自らの体験などを語っているのですが、なんだかここで読んだようなエピソードをちょっと前にも見たような・・そうです。先日感想をUPした上念司先生の「高学歴社員が組織を滅ぼす」で書かれているそのままのことがNHKでも起こっているようです。

上念司 「高学歴社員が組織を滅ぼす」 感想

 日本のメディアは全体的に左傾化している印象を受けますが、それは特定の勢力の意思で動いているという簡単なものではなく、保守的なことを言うと軍国主義の礼賛につながるのではないかという漠然としたおそれ、それこそGHQによる統制の産物と、それによる左派の人のバッシングを恐れる気持ち、要は外部からのクレームを受けることで組織内で冷遇されることを恐れる事なかれ主義的な官僚組織化した体制。これがメディアの成熟を妨げていると和田先生は言っています。

 最後の章で台湾の元総統の李登輝先生との交流を通じて、本来の日本人の精神についてと和田先生の政治家としての覚悟について書かれているのですが、現在の安倍政権に対する思いを読むと、党など関係なく日本のことを思って奮闘されている方なのだと強く感じます。安倍政権の足を引っ張る事だけしか考えず、なんでも反対の野党は日本のことを考えて政治を行っているのか、それだけでなく、自民党員ですら隙あらば安倍総理の足を引っ張ることを考えているのではないかと悲しくなります。和田先生は前回の参議院議員選挙で当選したばかりの方ですが、日本のためにこのような政治家が増えてくれればと強く思います。



テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

佐々木惣一は天皇退位論者か~松尾論文を読んでの考察~

 この論文を読むことになったきっかけ。Twitterのタイムラインで「佐々木惣一は天皇退位論者。倉山満はそんな人を高評価してる。ファンは西部中野組の天皇退位を叩くのに、倉山さんの評価している人の天皇退位はスルーするのか」という趣旨のツイートが流れてきました。

 かの人物は最近、執拗に根拠の乏しい理由で倉山先生を叩いていて、私は以前フォローしていたのですが、余りに目障りになったのでフォローを外していました。しかし、私のフォローしている人にも彼女のフォロワーがいて、たまにタイムラインに流れてきます。
 単なる根拠のない批判ならスルーしようかと思っていたのですが、学術論文を付けての批判。ならばとりあえずと論文を読んでみました。

敗戦前後の佐々木惣一--近衛文麿との関係を中心に

まず全体を読んでみて結論に愕然としました。(以下『』内は論文からの引用)

 『国体維持を第一義とした近衛は、もし生きて巣鴨の獄中にあったとすれば、新憲法にどのような感想を抱いたか。また木戸と同様死刑を免れたとすれば、自らの戦争責任をよそに、皇位に固執し続ける天皇を眺めながら、どのような余生を送ったことであろうか。』

 皇位に固執し続ける天皇?いったいこの著者はどんな人なのでしょうか?

 松尾尊兌なる方の人物像wikipedhiaでは良くわからなかったのですが、インタビュー読んでなるほどと。

<インタビュー>3・1独立運動記念学会で訪韓した松尾尊兌氏

 「残念ながらも日本で過去に対する反省はほとんどない。問題は太平洋戦争の敗北後、天皇と天皇制が続いている点だ。戦争の最高責任者は天皇だが、天皇は戦犯裁判にかけられることもなかった。結局、戦争の最高責任者が自由の身になり、これは日本が悪いことをしなかったという認識に拡大した。今後はこうした行動に対する反省が出てくるよう期待する。それには日本人の認識が変わらねばならず、韓国との文化交流が活性化されねばならない。韓流のため、日本人が韓国の文化に関心を持ち始め、韓国の歴史と文化を新たに眺めようとする認識が日本国内に広がりつつある。韓流の広がりが、日本人が過去の過ちを反省する契機になればいいと思う」

 うーん。佐々木博士が天皇退位論者なのではなくて松尾氏が天皇退位論者なのではないでしょうか?

 でも学術論文はその人がどういう人物かではなく何が書かれているかが大事だと思い細かく読んでみました。

 佐々木博士が天皇退位論者なのではと思われる部分。

・p133より天皇退位、皇室典範問題について、佐々木と近衛が話し合ったという資料は発見されていないが、その可能性はあった著者は述べている。

・p134 6月25日に憲法改正案が衆議院に上程されると,佐々木は連日傍聴に出か けた。 貴族院では同じ6月25日,吉田首相の施政方針に関する質問の中憲法改正につき,「国家政治的基本性格」すなわち「天皇制度」を改憲により変更して差支えないかと質した。

・p134 新憲法には天皇無答責任の条文が欠如していることを指摘し、天皇の戦争責任に言及し、皇室典範に退位規定を設けることを暗に主張とある。

・p136 『近衛が要綱を、佐々木が草案をという役割分担も、相方了解した上のことであった。また両者の間には皇室典範を改正し、天皇の退位を促すという暗黙の了解もあった。』

 ここであげたもので
 p133の部分は資料が発見されていない、つまり著者の憶測の可能性もあるということですよね。

 P134の「天皇制度」を改憲により変更して差支えないかと質したとの部分は法律論の確認のようにも思えます。

 P134の天皇の戦争責任に言及し、皇室典範に退位規定を設けることを暗に主張したの部分ですが、p134~p135にある(第90回帝国議会貴族院議事速記録第25条)の佐々木博士の言葉を読み解くに、天皇に責任がないというのは誤解される。国家の政治にあたるものが責任がないということは一般的にはありえない。新憲法には天皇無答責任の条文がない。天皇陛下は戦争の結果においていろいろお考えになるであろうから、皇室典範で退位の規定を設けるべきではないかということ。要は新憲法では天皇無答責の条文がないことから、天皇が自ら退位できないのは法律上の不備だということではないか。

 P136の「両者の間には皇室典範を改正し、天皇の退位を促すという暗黙の了解もあった」というのも根拠のある資料の提示がない。

 これをもって佐々木博士が先帝陛下の戦争責任により退位させようとしていた人物だというには根拠が薄い気がしました。そしてこの論文中にもそれとは真逆の記述があります。

・p126 によると佐々木博士は摂政在任中の改憲を禁止した第七五条の再検討(改憲を可 としてよい)と憲法中に「憲法改正ノ手続ヲ以テスルモ国体ヲ変更スヘカラサルノ規定ヲ設 ク」の規定がないことを問題としていた。要は憲法の改正によって国体を変更されてしまう可能性があることを危惧していた(実際に天皇が統治者だったのに、主権在民になった)。

・p136 佐々木は万世一系の天皇が統治権を総攬するという国体を変更する必要はないと自説を展開している。
 
 そして現実として憲法改正案である佐々木草案では天皇に関する第1条から4条は帝国憲法からの変更はありません。佐々木博士は天皇による統治権も天皇の神聖不可侵性も変えるべきではないと考えていたということです。そしてこの論文の中でもいかに佐々木博士がご皇室を敬っていたのかが読み取れます。それなのに戦争責任を追及するために天皇退位を計っていた?

 どうにも論文に整合性を見いだせなかったので、倉山先生に質問してみました。倉山先生は「帝国憲法の真実」にも書かれているのですが、佐々木惣一博士の弟子筋にあたる先生方の研究会で憲法を学ばれたそうです。
 倉山先生によると、先ほどの佐々木博士の言葉通り、法律上は天皇は無答責のはずであるが、新憲法にはない。また、法律上無答責であっても、現実には(政治的に)無責任はありえない。天皇陛下が自らの意思で退位できないという規定は欠陥だということ。やはり法律論ですね。

 私のこの質問に対して他の方が、当時の仏教界では天皇陛下が出家すると言うことに関して、ありえないことと言う認識はなかったが、あくまで先帝陛下をお守りすることが目的であって、天皇責任論などには基づいていない、といったことも教えてくださいました。

 佐々木博士が単なる法律論や政治論ではなくどのようにお考えだったかは、倉山先生の「帝国憲法の真実」に書かれています。わかりやすく言うと次のようになります。

 もし日本国民の心が皇室からはなれ、憲法改定により国体を変革しようとしたとき、たとえ憲法典の条文と言えどもそれを押しとどめることは出来ない。
 そしてそのときには日本が日本でなくなる。


 それがどういう意図であったのか、詳しくはぜひこちらの本を読んでいただきたいと思います。

 ちなみに、西部中野の天皇出家論とは、ちょっとこのブログに掲載したくないので割愛させてください。「西部邁 天皇出家」「中野剛志 天皇出家」でキーワード検索すれば出てきますので。

 どちらにしても松尾論文を読んだだけでも佐々木博士がいかにご皇室に敬意を持っているかが読み取れるのに、結論が乱暴な天皇退位論になっているのです。松尾氏の持論を権威づけるために佐々木博士を利用したのでは?

 それでこちらの論文を読んだ感想を、前出のツイッターアカウントにぶつけてみました。

 すると彼女(ネットなので性別が明らかではないのですが女性の口調ですので彼女と呼ぶ)倉山さん、和田さん(参議院議員の和田正宗さん)が佐々木さんについて述べているソースを募集してただけで、私の意見には用がないという。

 はい?あなた西部中野組の天皇退位は叩くけど倉山さんの評価してる人の天皇退位はスルーなんてことは無いよな、って言いましたけど、これ明らかに倉山先生の支持者への挑発ですよね。

 すると、上念さん、倉山さんが煽る相手に対しては同調して群がる皆様に宛てて空中に放った、ときました。ああ、あなたの2500人以上いるフォロワーという空気の中にね、その人が撃った弾が私にあたったんですよ。

 どちらにしても私と論争する気はなさそうでしたので、倉山先生の発言のソースと著書を紹介しました。ちょっと捨て台詞を吐いてしまいましたが。

 疑いを持つこと自体は悪いことではないし、検証は大いにすべきだと思います。でも彼女のやっていることは根拠のない言いがかりが多く、今回は学術論文を付けてもっともらしく批判しているように見えて、中を読んだら結局トンデモ左翼の作文だったわけで。これを持って天皇退位論者の佐々木博士を高く評価してる倉山先生は偽装保守ではないか、みたいな批判はおかしいでしょう、ということを私は言いたかったのですが、それは彼女の気に入る言葉ではなかったようです。要は彼女のやっていることはないことの証明、もしくは魔女狩りです。

 どうやっても結論は出ないことですので、飽きるまでやっていただければと思います。

 一言。撃たれる覚悟がないのなら撃ってくるな、と。



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KAZUYA 反日日本人 感想

 Youtubeの登録者数22万人を超える人気Youtuber KAZUYAさんの4冊目の本。

 こちらは先日高岡エクールで行われた「KAZUYA×KAMIYA in 富山」で購入しました。実際に見るKAZUYAさんは背が高く色白のイケメンでした。お話も楽しかったのですが、本当に真面目に日本のことを考えている姿に好感が持てました。共演者の神谷宗幣さんもすごく熱い方で、神谷さんの自分の思いを人に伝えることが難しい、国のことを思って話をしているのに周りの人からは右翼呼ばわりされて悩んだという話には私も同じ悩みを抱えているので共感しました。話し方とか話題の振り方って大切ですよね。

 本の内容は、KAZUYAさんのブログで集めたアンケートに従って進みます。
 君が代を教えないのにアリランを歌わせる学校とか本当にどこの国の学校なんでしょうね。アンケートについて詳しく触れるのは避けますが、我が国の教育現場がいかに病んでいるのかが、わかる結果でした。もちろんひどい先生ばかりではないのですが、根本からいろんなところでおかしくなっているのだなあと。前回の「逆にしたらよくわかる教育勅語」の感想でも取り上げましたが、戦後の日本の教育がかなり歪められていることは間違いありません。

 私はいわゆる田舎で、今風に言えば保守色の強い地域で育ったのでしょう。祝日には国旗を飾り、行事ごとに君が代を歌う。小学6年生の時は君が代のピアノの伴奏をしたこともあります(プチ自慢)。この本来当たり前のことが当たり前に行われない地域や学校がある。北海道出身のKAZUYAさんが富山の講演で「君が代を学校で歌ったことのある人」と聞いた時、みんなが手を挙げたのを見て驚いたように、地域で大きな差があるようです。

 しかし、自分の国の国家が歌えなかったり、国旗を掲揚するとそれを引きずりおろそうとする国が日本以外でどれくらいあるのでしょうか。学校で教師が君が代のピアノ演奏を拒む国、それを表現や良心の自由だという国。愛国心という言葉を使うと右翼だと揶揄される国。これを異常だと思えない感性こそ異常なのではないかと私は思います。

 現代の日本にはさまざまな周辺諸国からの脅威があります。日本の側からも最近では中国や韓国に対してのバッシングも強くなってきています。しかし、本当に怖いのは何でしょう。外国からの脅威は目に見えやすい、でも内側は?本当に怖いのは中から日本を壊していく反日日本人なのです。外からの攻撃に備えるのはもちろんですが、自分たちを内部から壊していくこの反日日本人を日本人自らどうにかしなければ問題は解決しないのです。中からの侵略に関してはこの「反日日本人」でも取り上げられている「スイスの民間防衛」に詳しいのでこちらもぜひ一度読んでいただきたいです。当ブログでも取り上げています。

民間防衛 スイス政府編 感想

 KAZUYAさんのような若い方が世の中に出てきて、わかりやすくメッセージを発信してくれるのは本当にありがたいことです。最近は動画発信のみならず、各地での講演、本の出版など幅広く活躍する彼の今後に期待したいと思います。



堀栄三 大本営参謀の情報戦記 感想


 日本は侵略国家だったのか。田中上奏文という日本が世界征服を企てていたかのようなプロパガンダ文書がありますが、果たしてそのような野心を持って日本は支那事変や大東亜戦争を戦ったのか。この本を読むとそんなことがありえないことがわかります。いかに準備不足の中、日本が戦争に突入したのか、いかに情報を軽視していたか、そして大戦略を持たずに戦争をするということがどのような結果をもたらすのか、それを思い知らされ叩きのめされる作品です。

 帝国国防方針【明治40年(1907年)】により海軍はアメリカを仮想敵国としています。それにも関わらず、明らかに戦争準備が不足している。何しろ、開戦してから2年後にようやくまともな米軍戦法の研究がなされ、それを1冊の本にして配布しているのです。それに対してアメリカはその戦い方からして、日本と太平洋で戦争をするための準備をしていたことがわかります(作中では大正10年には始められていたのではないかと予想されている)。現場で働いている人は優秀で仕事をこなしながら情報を精査し、この著者である堀氏など「マッカーサーの参謀」と呼ばれるほどに、正確に米軍の動きを読めるまでになっています。しかし、その情報も大本営の作戦課は歯牙にもかけず、それどころか送った電報を握りつぶすような真似をしています。いったい大本営作戦課では何が行われていたのか。堀氏は「もう一つ奥の院のような中枢がある」と表現しています。

 この本を地図を見ながら読んでみて、改めてぞっとしました。日本の戦争目的はなんだったのかと。これほどまでに広大な範囲にわたって兵を派遣し、どうやって勝ち、どうやって戦争を終わらせるつもりだったのかと。実際に米軍と戦うまでもなく、補給もないまま孤島に取り残され亡くなった方がどれだけいたのかと。この本のところどころに出てくる言葉なのですが「戦略の失敗を戦術や戦闘では取り返せない」のです。いかに現場の兵隊が優秀でも、間違った戦略をそれで補うことはできません。情報の軽視、補給の軽視、この反省を生かさなければ、日本の未来はないのではないかと思います。こういったことは全く改善されておらず、東日本大震災の時、10万人以上の自衛官が派遣されましたが、彼らにはろくな食事が与えられず、ひどい口内炎に苦しんだそうです。しかも、どこにご遺体があるかわからないのでトイレを我慢させたが、食物繊維の不足で便秘になったので、トイレは必要なくなっただのと指揮官がインタビューに答えている始末です。いかに被災地とはいえ、孤島ではなく国内の災害救助でこれです。これが戦場だったら戦えると思いますか。元の記事が消えているのでリンクは貼りませんが「君塚栄治・統合任務部隊指揮官インタビュー」で検索すると該当記事を取り上げたブログ等出てきます。美談として取り上げている人が多いようですが、自衛隊とは戦えない部隊なのだと絶望的な気分にしかなりませんでした。念のために書いておきますが、自衛官の方を批判しているのではありません。このような状況でろくな予算もつけず、補給も考えずに働かせている人たちを批判しているのです。今の日本の現状はこんなに厳しいものなのです。堀栄三氏も戦後自衛隊に入隊していますが、あまりの状況に絶望してやめています。

 新しく出てきた資料や、現在の研究で日本にもアメリカにもかなりの数のソ連のスパイがいたことがわかっています。堀氏の情報を握りつぶした人間、間違った作戦を遂行することになった理由にそのスパイの存在が関与していることは想像に難くありません。はっきりした因果関係が明らかになるには今後の研究に期待するところです。しかし、明らかにされている事実ですら、全く学校の歴史教科書に記述がないのはなぜなのでしょうか。それどころかあからさまに間違っていることも訂正されずに、小中学校の教科書に記載されていることは非常に大きな問題です。少しでも多くの人が真実を知ること、知った人が声を上げていくことが大事だと思います。そして何より、先の大戦を真の意味で反省することなしには大戦で亡くなられた方が浮かばれないのではないのでしょうか。




集団的自衛権?とっくに行使している 「誰が殺した?日本国憲法」 感想


 倉山満先生の初めての単独著書。東日本第震災直後に出版された本です。「嘘だらけ」シリーズの軽い語り口とは違い、ちょっと文章固めです。日本国憲法の三大原則と言われている「平和」「人権」「民主主義」。それを信じて裁判なんかしたらどうなるか、といった、運用面の問題から、日本国憲法の制定の成り立ちなどがとてもわかりやすく書かれています。

 私は、倉山先生の動画や著書に触れる前から独学で憲法の勉強をしていたのですが、自分の理解がいかに条文にとらわれているだけの浅いものだったのかと、今は恥ずかしい思いでいます。憲法には成文化されたものと、そうではないものがある。およそ国家というものがあるならば、成文化されている、されていないにかかわらず存在するもの、ということは知っていたのですが、それならば、なぜ日本国憲法が、日本の文化、伝統にそぐわないものであるのかに関して気づかなかったのか、なぜ伊藤博文は大日本帝国憲法を十年物歳月をかけて作り上げたのか、それに思い至ることがなかったのです。勉強って、ただただテキストを読むようにしてやるだけでは理解が深まらない、優れた著者の作品などに触れながら、自分との違う意見を取り入れつつ進めていかなければならないのですね。

 今話題の集団的自衛権のことにも触れられていますが、もともと持ってるものなんだからそんなの当たり前でしょ?ということです。まあ、国内に他国の軍隊の基地があるのに、集団的自衛権がないってどう考えてもおかしいですよね。それにもともとあるという前提で、日米安全保障条約は結ばれているのですから。調べていただければすぐにわかるのですが、まず、サンフランシスコ講和条約の直後に結ばれた旧安保条約の前文に「両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し、両国が極東における国際の平和及び安全の維持に共通の関心を有することを考慮し、相互協力及び安全保障条約を締結することを決意し、よって、次のとおり協定する。」とはっきり書かれています。新安保でも同様です。アメリカも日本が集団的自衛権を保有していることを認めているということですし、集団的自衛権があるからこんな条約が結べたのではないのですか?そもそも、個別的自衛権も集団的自衛権も国連憲章に明記されているのですが、国際法というのは条文があるなしにかかわらず、共通のルールとしてもともと存在していたものが見いだされたものだという考えなので、それを無視した憲法を作る時点で文明国としてどうかと思われます。憲法上認められないという内閣法制局の昔の解釈がどうかしているのではないでしょうか。もともと、占領下で作られた憲法で、占領が解かれた状態では運用がむずかしいので、憲法を改正するのがよいと思う(自主憲法制定がベストだと思う)のですが、それには怖ろしく時間がかかる、しかも今の日本はそんなものを悠長に待っていられるような状況にない、それで解釈変更ということなんでしょうけど。解釈変更ではなく、もともとの解釈に戻す、で良いのではないでしょうか。

 これから、憲法解釈や憲法改正に関する様々な意見が国会でもなされると思いますし、報道でもなされるでしょう。それを理解するには、私たち国民が当事者として憲法というものを考え、学ぶことが必要だと思います。憲法改正論議に関しては、やはり倉山先生の著書の「間違いだらけの憲法改正論議」というわかりやすい本がありますので、そちらの感想も近々UPしたいと思います。




プロフィール

yumi

Author:yumi
富山市在住。夫と息子、猫2匹と暮らす会社員。

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