女性の生き方 「ありのままで」いいの?

 こちらの記事がとても面白かった。

「中央公論」掲載拒否! 中森明夫の『アナと雪の女王』独自解釈
(ネタバレ注意)
http://real-japan.org/%E3%80%8C%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%85%AC%E8%AB%96%E3%80%8D%E6%8E%B2%E8%BC%89%E6%8B%92%E5%90%A6%EF%BC%81-%E4%B8%AD%E6%A3%AE%E6%98%8E%E5%A4%AB%E3%81%AE%E3%80%8E%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%81%A8%E9%9B%AA%E3%81%AE/

 私は『アナと雪の女王』を見ていないので、その辺の感想については何も言えないが、最近もやもやと考えていたことと一致するところがあり、しかも男性によってこれが書かれていることが面白かった。

 最近、安倍内閣の成長戦略で、やたらと「女性の活用」が叫ばれている。それに伴っていわゆる保守論壇の中から、女性の活用は少子化対策の妨げになるだの、女性は専業主婦であることが望ましいなどの声も聞こえる。

 私はいわゆるバブル期に青春時代を過ごした。女性が男性並みに働くことが礼賛された時代だ。そして大学を卒業する前にバブルは崩壊し、就職時にはもう氷河期を迎えていた。田舎で就職したからなおさらだろうが、就職説明会に参加して、企業のブースに並んでも、「四大卒の女性は募集していません」と列から追い出される始末だった。今だったら、問題になりそうだが、当時はこういった説明会や面接でも、学歴による不公平な扱いや、セクハラを受けることさえあった。ものすごく理不尽だと思った。別に四大卒だから、高卒や短大卒の女性に比べて仕事ができるは思わない。しかし、時間とお金をかけて学んできたことを否定される、話を聞いてもらえないどころか、同じ土俵にすらあげてもらえないのだ。

 女性が働くことに関して、様々な意見があるのは当然だ。子供を産むことが女性にしかできないことである限り、男性とは違った働き方を選択できるようにしてほしいし、専業主婦を否定もしない。ただ、やってきた努力を発揮する機会さえ与えられず、否定されるむなしさ。これを男性に理解してもらえるだろうか。倉山満先生が言っていたが、日本とは大学院を出ると、普通の大卒より就職で不利になる馬鹿な国だと言っていたが、これと似たようなものだろうか。女性は子供を産むから、という人もいるだろうが、産むことを望まない人もいるし、産めない人だっているのだ。

 女性が外で働くことが礼賛されていた時代でも、それでよかったかと言えば疑問が残る。男性並みに働くことと同時に女性らしく振舞うことも望まれる。化粧をすることは当然の身だしなみと言われるし、男性にはないお茶当番や掃除当番。私の以前働いていた会社は男女とも同じ仕事をし、建前上能力給だった。しかし実際には私よりも後に入社した、私より評価の低い男性社員の方が給料は高かった。このような例が現在、根絶されているとはとても思えない。

 そんなに大それたことも望んでいないし、自分に大した能力があるとも思わないが、どうしても何か上から価値観を押し付けられているような気がするのだ。男性に求められる、社会人としての責任とか家庭をもって一家の主になるとか、そういったものとは別のものだ。男性の場合は、自分の力を存分に発揮することが望まれるのだろうが、女性の場合は今まで努力して勝ち取ってきたものを放棄せよと言われているように思えるのだ。だからこそ、この『アナと雪の女王』で歌われる「ありのままで」というフレーズが心地よいのではないだろうか。

 男性にとって女性のこのような感情は怖いものなのだろうか。ヤフコメや2chを見ると、「女は専業主婦!!」って声多いもんなあ。しかし、まだ不況を抜けきらない日本で奥さんを専業主婦にさせてあげられる男性がそんなに多いのですかね。そうだったら、うらやましいと思いつつ、健康で働ける体の自分は、好きなものを買ったりするのに旦那様にお伺いを立てなければいけないような立場にはやっぱりなりたくないと思う。夫婦で働いていれば、どちらかに何かあったときに、もう片方が支えられるし。

 仕事をしたい女性もいるし、主婦として生きることに喜びを見出す女性もいる。経済的な問題や家庭の問題もあるから望むとおりに生きられるかどうかはわからないけど、人の人生(特に子供)を犠牲にするのでなければ、ありのままに生きていたいと思うのでした。


5月3日はゴミの日! 資格試験に潜む当用憲法のワナ

 はい、みなさん、今日はゴミの日です。え、憲法記念日?何をおっしゃいます。日本で初めて近代憲法が施行されたのは1890年(明治23年)11月29日ですよ。今日は、ゴミのような憲法を押し付けられながら、それを最高法規として崇め奉っているこの現状を怒り、悲しみながら絶対この状況を覆してやると誓う日です。

 現在、私は資格試験用の勉強をしています。法律系の資格なので当然憲法は必須です。実は去年も受験したのですが、玉砕してしまいまして・・・。新しいテキストを買って、勉強しなおしです。

 で、いきなり来ました。憲法の基本原理は国民主権、基本的人権の尊重、平和主義・・。
しかもこれは前文に宣言されているので読めと。・・嫌なんですけど。ちなみにこれね。

http://homepage2.nifty.com/mekkie/peace/bunken/bunken02.html

 初めて、この憲法前文を読んだとき、なんでこんな変な日本語なのかと思ったのですが、すっと理解できないのは私の頭が悪いせいか?と思っていました(一応、理解できないものがあるときは自分の頭をまず疑います)。なぜこのような日本語なのかが、もともとひどい英文なのを直訳したものだと知った時の脱力感ったら・・・。これを暗記させる学校もあるらしいですね。拷問だろ。そんな学校に通わなくてよかった。

 で、次は天皇について。大日本帝国憲法(こう書いてあるだけこのテキストはまだまし)では天皇が主権者とされていましたが、日本国憲法は、国民を主権者とし、天皇は象徴としての地位にとどまるものとしました。・・・出た!象徴にとどまる。
まず、大日本帝国憲法に天皇主権など明記されていません。もちろん、これについての議論はあるのですけど。しかも、このテキスト、日本国憲法下では一番偉いのは国民で、天皇ではないとか書いてあります。それ、意味わかってるの?これ読んだ人が、じゃあ、国民は天皇の地位を引きずりおろしてもいいとか勘違いしたらどうするの?いや確かに、国民が本当に望めばどうにもならないかもしれないけど、じゃあ日本が日本であることの正当性ってどうなるの?しかも、偉いってどういう意味?権威と権力はまた別の話だし。法律扱うテキストなんだから、言葉の定義をきちんとしようよ。

 ということで、こんなゴミのような憲法の精神が資格試験に合格するという目的で、特に何も知らない若い人に刷り込まれていくのです。今の私はこの憲法がどのような経過を経て制定されたものか知っているので良いのですが、何も知らなかったときはこれをうのみにしていました。憲法判例なども読み込むのですが、どんな合理性があってその判決に至るのか、さっぱり意味が分からないものが多いのですが、それに無理やり意味を見出していました。

 ああ、この試験には受かりたい。でも、将来こんな無意味な勉強をしていたと笑い話になるように、この日本国にふさわしい憲法が新たに制定されることを祈ります。それが私の生きているうちだといいな


私にとって保守とは

 倉山満先生の「保守の心得」を読んだ。そちらの感想はまた近々あげるとして、私の考える保守、というか、本当はブログを立ち上げるときに書くもののような気はするが、私がこのようなブログを立ちあげるの至った理由を書いておきたいと思う。

 若い時ははっきり言ってウスラサヨクだった。日本国憲法は平和憲法だと思っていたし、君が代は口パクだった。日本はなんだかよその国にひどいことをしていたようだ、と思っていた。しかもどういう風にひどいことをしたのかをよくわかっていない、というひどいものだった。何しろ社会科は嫌いだった。歴史も地理も公民の教科書も読んでもさっぱり意味が分からないので、大切なキーワードを暗記してテストでは点数をとっていた。自慢ではないが、これで中学のテストは満点を取ったこともあるし、高校は進学校だったが8割、9割は取れた。しかし、短期記憶にとどまるし、流れとしての歴史はつかめなかった。改めて考えるとこれが学問なのか?

 何かがおかしいと気づいたのはだいぶ大人になってからだった。小林よしのり氏の「ゴーマニズム宣言」を読んで、氏の慰安婦問題に関しての作品を読んだときに、マスコミで騒がれていることと、小林氏の書いたことを比べると、明らかに小林氏の書いたものの方が、きちんと資料も提示されているし、理論的で正しいものだと思えたのだ。その後、朝日新聞やTBSなどからの小林氏に対するバッシングが行われるようになるのだが、小林氏の著作を勝手に引用した作品に対する裁判が行われた際、一審で小林氏が敗訴した時は、朝日新聞は鬼の首を取ったかのように報道したのに、二審で勝訴した時は、ほんの小さなスペースで報じただけだった。そこで改めて、メディアの自分の都合の悪いニュースは流さない、新聞やテレビの言っていることを真に受けていては騙されてしまうことに気が付いた。

 私は、テレビや新聞だけではなく、同じニュースもインターネットで調べて情報を得るようになった。改めて検証してみると、いかに大メディアが真実のみを報道するわけではない、誤った情報を流してもそれを訂正もしなければ謝罪もしない、さらにはわざと間違った報道で日本を追い込むようなことをしていることを知った。教育に関しても、いかにゆがんだ教育を受けていたかを知った。それは今も続いている。息子の社会科の教科書を読んだことがあるが、ひどいものだ。学校教育でこんな偏向した教育を受けさせて、どうやってまともな大人になるのか。

 そうやって私は様々な情報をインプットしてきた。しかし、これを人に話しても、おかしな人間だと思われるだけ、実際にこういった話をして喧嘩になることもある。ただただ自分の中だけで知識を増やしてきたが、それではいけない、と思うようになった。

 一番の理由は息子だ。彼に私たちが受けてきた間違った教育、プロパガンダによりゆがめられた歴史、そんなものを負わせたままでよいのか、との思いがだんだん強くなっていった。自分の国を愛せない、外国に行けば、昔のことで犯罪者よばわりされるような状態のままでよいのか。私には、ある種の障害のようなものがあって、それは治るものではなく、一生付き合っていかなければならないものなのだが、ずっとそうであったし、それとの付き合いにも慣れたので、自分一人の問題ならば、大したことではないと思っている。しかし、それで悩んでいる、特に若い人たちにとって、それと向き合い、克服するための助けになればと思い、そのための協力をしている。若い時に自分が味わってきた苦しみ、どうにも出来ない思いや不安、それを若い人たちが少しでも和らげることができればと思っている。今の日本、日本人も病にかかっているのと同じだ。今、私が学んでいること、それを少しでも分かち合って、この国を良くするにはどうしたらよいか、と考える人が増えてくれればと思う。

 私が考える「保守」とは、何を保ち守るのか。もちろん、私たちが住んでいる日本であり、住んでいる人々であり、家族である。どうやって守るのか。この国の文化、伝統、歴史を学び、健全な国のあり方について考え、多くの人たちと共有すること。大それたことはできないが、少しずつでも広げていければと思う。


戦後という呪い

 安倍首相が靖国参拝したことについて「安倍はバカだ。中国を怒らせてどうするんだ」といった人と喧嘩をした。彼が言うには、中韓に批判的な私のような人間が増えると戦争になるのだそうだ。私が、国としての在り方とか、歴史問題に関して話をしても、その人は聞く耳を持たない。私の言う歴史は、日本に都合のいいように書かれた偏った歴史だそうだ。

 同じ日本に生きているのに全く会話が通じない。こんな時ひどい無力感に襲われる。彼は、なぜか日本にもいいところがあるという話や、大東亜戦争は侵略が目的だったのではない話をすると、いきなり火がついたように怒り出すことがある。私の知っている歴史の話に聞く耳を持たないだけでなく、自分で勉強してそれを知る気もなさそうだ。彼にとっての真実は、昔、学校で習った歴史の授業、あるいは書物、あるいはテレビや雑誌で少々聞きかじった話がすべてのようだ。何しろ、南京大虐殺で何百万人も日本人は中国人を殺したなど、中国人でさえ言わない怖ろしいことを言い出すのだ。

 ただ、彼が特殊な人間かと言ったらそうではないのだろう。普段、歴史にも政治にも関心がない人ならば、なんとなく、昔、先生に教わったことが正しくて、なんとなく、マスコミが言っていることが正しいように思っている。そして、なんとなく日本人は戦争で悪いことをしたのだから、ずっと謝り続けて、アメリカの庇護下にあればよいのだと思っているのかもしれない。

 彼は、日本は戦争に負けた、それが全てだ、という。彼は私が危険思想の持ち主のように言うが、どちらが危険な考えだろうか。戦争に負けたから、謝り続け、他国の支配下にいなければならないのなら、それをやめるためにはもう一度戦争をして勝つしかないではないか。憎しみが戦争を生む、と彼は言うが、戦争は憎しみで起こるものだろうか。宗教戦争や民族間の争いならまだしも、日本はそんな戦争を他国とする理由が全くない。靖国参拝で中国が怒るというが、私はとてもそうとは思えない。誰がいつ靖国に参拝したとしても、心から傷ついている中国人が本当にいるのだろうか。たたけるネタとしてたたいているだけではないのか。戦争とはそもそも国益のぶつかり合いで発生するものではないのか。それにこちらが戦争をする気がなくても、起ってしまうのが戦争ではないのか。

 戦争など誰も望まない。私はそうならないためにはどうしたらいいかを考える。そのためには、周辺国のことも、歴史も知らなければならないと思う。それなのに、それについて語ることすらも戦争につながるという人がいる。戦争で戦った人のみならず、その孫である私たちまでこれほど根強く、戦後という呪いにかけられているのか。暗澹たる気持ちになってしまった。


Nexus7を買った

欲しいなー、とずっと思っていたタブレット。ようやくGet!

 どれがいいかなあ、とずっと悩んでいたのです。何しろ携帯もまだガラケーですし。いっそのことスマホにするかとか。でも電気書籍として使うことを考えるとスマホじゃ画面が小さいし、タブレットを買うにしても大きすぎると使いにくそうだし。

 それでipadとNexus7のどちらにしようかと思っていたのですが、結局小さい女の手でも片手でもてるNexusに決定。やっぱり動画やテキストをストレスなく見たいので、解像度の高い2013年版で、そんなにたくさんアプリを入れたり、データを持ち運ぶ予定はないし、行く場所も限られているので16GB、Wifi接続のものにしました。購入はいつものamazonでぽちっと(笑)。

 うちではバッファローの無線ルータを使っていて、使い始めた人の感想でWifi接続ができない、というものがあったのですが、きちんと下調べをしていたおかげで、スムーズにできました。こういうときいろんな人の体験談やブログってとっても役に立つ。

 使い始めた感想としては、画面はきれいだし、サクサク動きます。特に電子書籍を読むとき、ページをめくる感覚でサクサクと進められるのがいいです。パソコンだと、マウスでぽちぽちするのがなんだか面倒だったので。一つだけ気になる点は、ニコニコ動画を見ているとき、停止ボタンなどが、画面をタップしてもなかなか出ないことがあること。これはどうにかならないかなあ。

 でも、自分として一番よかったのは、ソファーに座ったり横になったり、くつろいだ状態で使えること。パソコンの前で壁に向かった状態で固い椅子に座っているのはなんだかさみしいものがあったのですよね。書き物をしたい時などパソコンデスクはちょっと使いにくいところがあるけど、そういう時はテーブルに移動できるし。料理を作るときも、わざわざ印字せずに、レシピをキッチンに持っていけるのもいいですね(水気には注意が必要ですが)。

 まだ使い始めたばかりですが、今のところとても満足しています。しかし、これで遊んでいて3連休をすっかりつぶしてしまった。うーん。

プロフィール

Author:yumi
富山市在住。夫と息子、猫2匹と暮らす会社員。

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